不始末の激情

□第十八章
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なんて血生臭い場所だろう。
誰かが倒れる音がした。そうか、また自分は救えなかったのか。
あぁ、あの時と同じ温かい雨が降る。人の温もりとは到底違う筈なのに、抱き締められてるようで、変な気分だ。







銀時が紅桜を引き抜くと、血が溢れた後で桂は呆気なく崩れた。
何とか立とうと藻掻いているが、身体に力を入れると先程開けられた肩と腹の穴から血が流れていく。

「銀…時。まさか…貴様にやられるとはな」

じわりじわり雨に溶けていく赤を、世にも情けない顔で眺めている桂に、最期の一太刀を浴びせようと銀時は紅桜を血振りした。
戦場の天人達が見た光景もこうだったのだろうか。こうして白夜叉による刃で最期を迎えたのだろうか。
いや、あの時の銀時は刀を扱うことを愉しんではいなかった筈だ。護る為に必死であり、時に何の感情も表さず無であった銀時が、今は人を斬ることを愉しんでいるように見える。

「ふん……貴様も…過激派に転身、か」

その言葉は、自嘲にも取れるものだった。
桂の顔色の悪さは、傷の所為だけではなかった。



その時。ぴくりと銀時の身体が反応をした。
様子を窺うように、細めた眼だけを横に流し、ゆっくりと振り返る。暫くしてビルの屋上へと続く階段。そこへの扉が壊れるんじゃないか、という程に激しく開いた。

息を切らし始めに姿を見せたのは神楽。後に沖田、土方、新八が流れ込んでくるように外へ出る。

「桂…さん!!」
「銀ちゃん!!」

銀時と桂のことだから、すっかり紅桜を手玉に取り、むしろいつものように煩く喚いているかと思えば、目に映った現実は残酷なものだった。
淡く光る紅桜は浸蝕を増し、銀時の身体を支配していた。膝をつく桂の足元には赤色の水溜まりが出来ていて、今も尚広がり続けている。
こんな場面を見てしまっては真相を誰に聞かなくとも分かった。銀時にもう声は届かない、と。

「銀さん!アンタ……何やってるんですか!?目を醒まして下さいよ!!」

やはり答えはなかった。
銀時は桂を一瞥して、新たな獲物に舌なめずりをするだけである。

「おい…ガキ共。あれを万事屋だと…思うな」
「……」
「ありゃもう紅桜の一部だ。迷いを捨てろ」
「…そんな」
「迷いは、いざって時に邪魔になる。俺も…腹をくくる」

そうでもしなければ全滅だ。と絶望的な言葉が続いた。
万が一にも此処にいる全員が倒れてしまえば、紅桜を止めることは困難になる。天人の手により改良され、学習し、銀時と一体化してしまった紅桜の強さは未知数なのだから。

「桂はもう動けねェ。奴が狙うとすれば、ちょこちょこ動き回る俺達だろう。……そこでだ。いいか、よく聞け」

土方は声を潜めて、それでも雨の音に負けないように言った。
その声の小ささに自然と身をかがめ、耳を寄せる皆だったが、前方から意識は逸らさない。

「まず、俺が囮になる」
「…え!?だ、駄目ですよ!そんなの!」
「俺が残りの触手を全て惹き付ける。桂のおかげで本数が減っているからな」
「全て…ですか」

紅桜本体から伸びる触手のような導線は、人の腕程の太さのモノが残り数本。千切れているモノは、銅線が剥き出しになり垂れ下がっている。

「ああ。俺が『わざと』触手に捕まる。そうすりゃ、万事屋の意識は俺だけに向けられる…筈だ」
「…そんなの危険過ぎます!」
「野郎。のうのうと支配されやがって。よっぽど心地が良いらしい。紅桜の欲求は人を斬ることにある。ご馳走くれてやろうじゃねーか」

土方の言葉に、沖田は「ご馳走?どこが」と吐き捨てた後で「いいですぜィ。その案、のりやした」と黒い笑顔を浮かべた。

「沖田さん!?」
「それで土方さんが死んでくれりゃ、俺も万々歳なんでね」
「いや…アンタ。わざと手を抜きそうで怖いんですけど…」

沖田の冗談は、聞き流せるものじゃない。というより、冗談ではないと思うのでやはり怖い。

「俺も簡単に死んでやるつもりもねェが、勝負は一瞬だ。同時に万事屋に斬りかかれ」
「え……銀ちゃんを?紅桜じゃないアルか?」
「紅桜は一撃で仕留められるか分からねェ。渾身の一撃に賭けて、外してみろ。お先真っ暗だろう。だが、アレは所詮寄生型のカラクリだ。宿主を失えば動くことはできねェ」
「だから銀ちゃんを……」
「そうだ。奴を斬る」

顔を向けなくとも、子供二人が息を飲んだ気配を感じ。土方は声を張った。

「迷うな。必ずやれ」

先程はあんな言葉を言ったものの、助けられるのならば銀時のことを極力助けてやりたいと思っていたことは確かだ。まだ可能性がある限り、希望は捨ててはいない。
しかし、迷いは戦いの邪魔になることには違いないので、しっかりと相手を攻撃する事が出来るように言ったのである。

それでも、踏ん切りがつかないのか黙ってしまった二人に、ならばと土方は言葉を変えてみた。

「早くアイツを解放してやれ」と。

「…っ」

前に向けられたままだった子供達の目が、土方を見た。
やはり、助けられるならば助ける。というスタンスを持ったまま、紅桜を相手にしたほうが良いらしい。
本当に銀時の身体を傷付けることが出来るものか心配だった土方だが、子供達が泣きそうになりながらも、しっかりと頷いたことで、二人を信用することにした。

「新八…これ。使うアル」

神楽は、手にしていた刀を新八に託した。鉄子と源外の合作品である。
神楽の傘はお妙に預けて来てしまったが、体術には自信があったし、新八が丸腰で紅桜に向かうよりは勝機があると考えてのことであった。
新八は刀を受け取り、頷くと腰に収めた。

「いいか、誰も死ぬなよ」

土方はそう言って、銀時へ向かい駆けていった。






 

 
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