不始末の激情

□第十七章
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いっそ悪夢なら、どんなにいいだろう。
朝になれば醒めるじゃないか。







*******







じわりと滲み出る汗も、雨によって流されていく。感覚は鋭く、皮膚は敏感になっている筈だというのに、暑いのか寒いのかそれも分からない。

「…くそっ」

桂自身、もう何度この言葉を吐いたかも分からなかった。
桂と銀時の力は、ほぼ互角であると思われる。白夜叉と肩を並べて刀を振るっていたのだから、当たり前といえば当たり前だが。
如何せん、それは過去の話。
二人共あの時のように若くないし、戦という戦がない毎日で、かつての仲間達に「ぬるま湯に浸かっている」と言われれば、否定も出来なかった。
銀時とて、木刀を腰に差していようが、やれ甘味だ、ギャンブルだ、と怠惰に日々を過ごしているのだから、力は衰えていても納得なのだ。
むしろ、今でも攘夷活動を続けている桂の方が能力は高いはず。はず、だった。
だが、所詮は頭の中での見解に過ぎないもので、現実はかけ離れていた。
というより、互いの武器に差がありすぎた。
例えるならば、ミサイル相手に刀を振り回しているようなもの。

「せめて、コイツ等をなんとかしなければ……」

再び目の前に触手が伸びてきたので、桂は素早く刀でソレをいなす。
本体に近付くことを嫌がるように、触手が桂を狙ってくる。
斬っても斬っても、次々に襲ってくる触手にうんざりしつつ、桂は叫んだ。「銀時ィ!貴様、このままでいいのか!」と。
けれども、この呼び掛けも何度吐いたか分からないものだった。
銀時は、変わらず立っているだけ。声は届いてないように見える。

「…ちっ」

リーチの違いは天と地の差。どうにかして懐に飛び込みたい桂は、触手の隙を窺っていた。そこへ懲りずに襲ってくる生き物達。
速さはあった。しかし、落ち着いて見極めればそれ程の脅威でもない。
下から、上からと太刀を浴びせ、徐々に距離を縮めていく桂。
対して銀時は紅桜を構え、重く地を蹴り、桂から距離を取ろうとしていた。

「逃げるな!……無理にでもこちらに来てもらうぞ!!」

桂は一際大きく踏み込み、銀時へ迫った。
襲い掛かる触手を斬りかわし、銀時の前方を守るように向かって伸びてきたた触手を、わざと肩で受ける。激痛が走った。
歪んだ顔にお構いなしで肩の肉を突き破り、ぐちぐちと傷口を広げようと蠢く触手を、桂は手でむんずと掴んだ。
この桂の思わぬ行動に、銀時は少し驚いたような表情を見せる。

「人間様はこんなこともするのだぞ。貴様のデータに加えておけ。化け物」

ぐい、と触手を引き寄せると銀時の身体が前のめりになった。
桂は襲い来る痛みに堪えきれず、呻き声を出しながら、それでも手を離さない。
ようやく刀一本分まで距離を縮められたところで、思い切り紅桜の本体を刃で貫いた。
正に、肉を切らせて骨を断つ。紅桜相手には、この方法しか考えられなかったのだ。

「これで、終わりだ!!」

突き刺した刀を紅桜から引き抜くと、バチリと大きな音が鳴った。火花が散る。
と同時に「うぅ」と声を漏らし、銀時の身体からも力が抜けた。そのまま身を預ける形で、桂に抱き合ようにもたれ掛かってきたので、桂は銀時を受け止め、抱き締めた。
とりあえず銀時の息があることを確認し、弱々しく上下する身体を全身で感じてホッとする。







終わった。
これで、終わったのだ。

「…おい、起きろ銀時。まだやることが残っているだろう」

息も荒く、銀時に声を掛けたが返事はなかった。
無理もないか、と考え。その後で、これからどうやって腕に絡みついた紅桜を銀時から引き剥がそうか。と桂は頭を悩ませる。
引っ張れば取れるというものでも無さそうだし、細いコードのようなものが腕の内部まで入り込んでいるようにも見えた。
一度、通常の刀の形状まで戻し、触手を引き抜かない限り、銀時の身体を元に戻すのは無理なようだ。






 
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