不始末の激情

□第十六章
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「銀さん……!!」

声が届いているかは分からなかったが、新八はありったけの大声で叫んだ。
それ以上は何も言わなかった。
皆が黙っても場がしんと静まることはなく、雨の音が耳をつき、稲光も加わって雷もやはり近くに来ているようだった。
ぐしゃり、と銀時の右足が一歩、前へ出る。
跳ねた泥が履き物を汚し、踏みつけられた草がひん曲がった。

「来るぞ!!」

一同に緊張が走る。
だが白髪から垣間見えた瞳は、鋭さの中にも温かさがあり、憂いを含んだものであると新八が気づいた。

「土方さん、沖田さん……待って下さい!!」

新八が隣を見れば、神楽も吸い込まれそうな程に銀時を直視していた。「銀ちゃん…?」そう呟いた言葉に、新八は確信した。まだ『あの中』に銀時はいる。





銀時は自嘲するような薄い笑みを作り、歩みを止めた。だらりと垂れていた右腕を伸ばし、紅桜を向ける。切っ先は、神楽を見ていた。

「神楽ァ……そいつでさっさと俺を斬れ」
「……!?な、なにを言ってるアル…銀ちゃん早く紅桜を離すネ!」
「はっ……それが出来たら苦労しねーんだけどな」
「なら、待ってて!今助けてあげるヨ!!」

「いいから、早くしろ!!」という銀時の声に、神楽の身体がピクリと反応する。切っ先は、向いたままだ。

「早くしろ!俺の腕ごと紅桜を落とせ!!」
「……そ、そんなの無理ヨ!!出来るわけないアル!」

今にも泣き出しそうな神楽。心配そうに見つめる新八。
今まさに自分がどんな顔をしているのか。銀時自身、嫌なくらいに分かっていた。もっと、だらしなくいたい。死んだ魚のような目をしていたい。坂田銀時でいたい。
それを許さない衝迫。自然と口元が吊り上がる。やはり自分は化け物か。

「俺は……今にでもテメェ等を殺したくてなァ…仕方ねぇんだ」
「…え」
「斬りたくて斬りたくて…肉を裂いて!骨を砕いて!血を浴びてェんだよ!!」
「……!!」
「だから、早くしろ!!」

そう吼えた銀時の目は血走っていた。
新八と神楽の身体から粘っこい嫌な汗が溢れ出る。それは雨に打たれた身体でも分かる程に冷たい。
果たしてこれは現実だろうか。あの銀時が、自分達を殺したいと言ったのだ。信じられない。
今、目の前で起きている全ての出来事が、夢であればどんなに良いだろうか。
目を擦りながら目覚めた時に、いつもの跳ね回った白髪と、広い背中と、あったかい声と。それがあればどんなに幸せだろう。







*******







沖田は、固まってしまった二人を一瞥し「あぁ」と溜息にも似た呟きを漏らした。
銀時の叫びに空間が冷やされたからだろうか?恐ろしい程、冷静に物事を考えられた。子供二人とは場数を踏んだ回数が違う、ということもあると思うが。

「土方さん。ありゃぁ殺人衝動、ですかねィ」
「……殺人衝動?」
「そうでさァ。紅桜が自身を使ってほしいと、主に信号を送ってるっつーわけでィ」
「なるほど。紅桜を所持した者は取り憑かれ、辻斬りまで起こしちまうわけか」
「まさしく人間兵器、ですねィ」
「そりゃ鬼兵隊が使おうとしていたのも頷ける。神経までやられちまうたァ…恐ろしい武器だな」
「…で、どうしやす?旦那の望み通りザックリ斬ってやるか…このまま指くわえて見てるまんまでいるか」
「……」
「おそらくですが、旦那の自我があるのも今のうちですぜィ?旦那の理性がぶっ飛んだら、そこいらの過激派攘夷浪士よりも厄介な輩になっちまう」

感じるままに欲望のままに。体裁を取っ払って、理性を振り払ってイカれた刀を振るう。そうなれば、自分等にとって危険な人物になり得るのは分かりきった事である。
市民の安全、江戸の平穏を守るのが真選組の任務ならば、相手が誰だろうがここで動かなければならないのは明白。





「眼鏡、チャイナ。…悪く思うなよ」

土方は思わず煙草をくわえたい衝動に駆られた。だが、こんな土砂降りじゃあ煙を吸うことは出来やしない。というより、隊服にしのばせていたモノ、全てが使い物にならないだろう。
ポタポタと髪から垂れる雫がなんと鬱陶しいことか。どうも雨は嫌いだ。良いことなんて一つも連れてこない。

土方の大きな舌打ち。それを合図に動き出す。
土方、その後に沖田が続いた。二人はバシャバシャと足元の悪い地を無遠慮に踏みつけて、駆ける。

「!?…ちょっと!!二人とも待って下さい!!」

制する新八とは対称的に、銀時は荒々しく笑っていた。何処か余裕さえも窺える動作。
ゆったりと左手を添えて構えた紅桜は太さを増し、銀時を慈しむようにスルスルと伸ばした触手を腕に絡ませている。

「テメェ等、もうそんなに仲良くなっちまったのか」

土方が素早く銀時の背後に周り、正面から沖田が迫る。二人が刀を上げたのは、ほぼ同時。
だが、一瞬で獲物である銀時が消えた。いや、消えたように飛んだのだ。
銀時は二人の刃が交差する様を上から眺め、着地と共に斬りつける。
そこで反射的に手首を捻り、銀時を迎えたのは沖田だった。

「沖田くん。いい動きだね」
「そう思うなら、褒美でもくだせェよ」

戦闘能力が高い沖田でも、カラクリ相手では動きが読めない。
それに相殺した筈の刃から、勢いよく触手が伸びてくるもんだから、そちらを斬ることを優先しなければならなかった。

沖田が触手を相手している間に、土方はガードが甘い脚を狙う。 
ぬめる地を踏みしめて大きく踏み込み、姿勢を落とす。すると間合いに入った。愛刀で捉えられる距離である。
もらった!土方がそう思った時だった。

ドン、と手に衝撃が走り、刀が宙に舞った。触手に叩かれたのだ。
皮膚を貫かれなかっただけまだマシだが、好機を逃したのは痛い。

触手は銀時の目となり、あらゆる死角を援護していた。守備範囲は刀一本で相手する人間の比ではない。

沖田が「ぐう」と声を出す。両手で防ききれない力の差。太い触手に腹を叩かれ、吹っ飛ばされた。地を滑って、ようやく止まると痛みが後からやってくる。
薄暗い空に白髪が揺れた。隙間から苦しげな表情を覗かせて、銀時は土方も容赦なく壁に叩きつける。





「……おいおい。テメェから斬れとか言っといてそれはねーんじゃねェのか。素直に斬られろ…阿呆」
「うっせェ、不可抗力だ。テメェこそ手が震えてたぞ、迷ってんじゃねーよチキン野郎」
「こりゃ…武者震いだ。そっちこそ抗ってねェで覚悟を決めろよな」
「…テメェがな」

土方は沖田の無事を確認すると、すっかり傷だらけになった手のひらで拳を作った。まだ力は入る。刀は握れる。たが、その相棒は離れた場所で土に突き刺さっていた。

さて、と土方は考える。
見たところ銀時に自我はある。だが、身体の動きを抑えることは出来ないらしい。それ程までに神経に同化しているというならば、どうすればいいのか。銀時が自ら紅桜を切り離すことは出来ないのか。

「なんとかなんねーのかよ、それ」
「出来たらとっくにしてるわ。だから俺から、コイツを引き剥がして欲しいって言ってんだろ」
「…腕を斬り落とすことになるぞ」
「構わねェよ。腕の一本くらいくれてやらァ」

右腕がなくなったとして、生活に困るだろうか。
箸が持てないから、練習しなければ。あぁ、でもスプーンは持てるのだから甘味は食べられるな。残りの一本があれば、子供達の頭を撫でてやることも出来るし。
でも。奴らを強く抱き締めてやることは出来なくなっちまうかな。
と、様々な考えが銀時の頭を過ぎった。
やはり覚悟を決めなければならないのはコチラらしい。






 
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