不始末の激情

□第十五.五章
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走る、走る、走る。

頭にあるのは、がむしゃらに足を動かすことだけだ。少しでも早く会いたい人物がいる。早く、会わなければ。と、柄にもなく息を切らしてした。
いつもは暑さを感じさせない涼しげな表情も崩れ、今は首筋まで汗が滲み、額からは雫となった汗が一筋流れている。

「銀時は何処だ!!」

後ろを走るエリザベスに声を上げた桂は、一度立ち止まると汗を拭い、身体全体で息をした。
こっちは急いでいるというのに、普段と変わらぬ時間で進む町並みに、僅かだが憎しみがじわりと胸を包む。
エリザベスはプラカードを使い、近くの人間に話を聞いていた。目撃情報があればいいが。







*******







坂本の話を報道で知り、いつの間にか俺が蚊帳の外にいることを知った。
というよりも、距離を取っていたのは自分だというのに。エリザベスから、坂本と見廻組が接触していたことを聞き、訳が分からなくなったのは遠い昔のことに感じる。
単独で調べていた紅桜の情報も集まりつつあり、人口知能を持つカラクリの考えが分かったとき。世界が歪んだ。

あぁ、カラクリなんぞに銀時を渡すものか。





これは例えばの話だが。
あの時、自分がしっかりと高杉の声を聞いていれば、今日は平和に過ごせていたのかもしれない。
あの時とは、以前の紅桜の一件。
リーダーと新八君に先に行けと背中を押され、俺一人で高杉の元へ駆けた時だ。
後で振り返ったところでどうしようもないが、あそこで俺がしっかりと高杉の心を動かせたなら、今日こんなことにはならなかったのかもしれない。
可能性の一つとしてあった、今日の在り方。
俺が奴の説得をしくじらなければ。もっと奴の声に耳を傾けていれば。あれからずっと後悔していたことだ。

「苦しくて仕方がない」

間違いなく高杉は俺にそう言っていた。
なのに、俺はアイツを突き放したのだ。

「俺はどうしたらいいんだ」

そんな高杉の本心を聞くこともせず「自分で考えろ」そう答えてしまったようなもの。
銀時の話を持ち出して、お前も耐えろと言ってしまった。俺は言葉の裏にある高杉の心を見抜くことが出来なかったのだ。
何故「そうか、苦しいよな」と理解してやれなかったのか!

俺は馬鹿だ。俺が分かってやれなくて、誰が高杉を分かってやれたというのか!
受け入れてやれなかった自分が、腹立たしい!







攘夷戦争での血みどろの記憶。先生の首が俺達の視界に入ったときのこと。
あの時。高杉は怒り。理不尽な世界を憎んだ。
俺は哀しみ。無力な自身を恨んだ。
だが一番苦しい筈の銀時は、何の感情も表に出すことはなかった。おそらく無心だったのだろう。


目の前に続く三本の道。その道が壊れゆく音がした。
きっと昔のように三人で笑い合えることはないだろうと、俺は崩壊を止めることが出来ずに、ただそれを見ていた。
憎しみに満ちる高杉を見ることも胸が痛んだが、抜け殻のように何も言わず空を見上げいた銀時を見るのも辛かった。
底知れぬ想いがあったのか。銀時は感情を出さなかったんじゃない、出せなかったのだ。

そんな銀時の姿を見ていたからこそ、奴が戦を抜け消息を絶った後で、誰も銀時を責めることはなかったし、何も言えなかった。







月日が流れ、時代が変わり、この国には侍の居場所がなくなってしまった。
俺は、せめて銀時に居場所を用意してやろうと部下に銀時を探させた。
アイツを見つけることは難しいことではなく、すぐにかぶき町で万事屋を営んでいる白髪の男の存在を耳にした。

「おまっ…ヅラ小太郎か!?」
「ヅラじゃない桂だ!」

懐かしいやり取りに、少し嬉しくなったのはここだけの話だが、戦時代の面影がなく、すっかり平和ボケしてしまった銀時の姿には愕然とした。
白夜叉と恐れられた男が、腑抜けてしまって。俺はあんな銀時を見に、会いに来たわけではないのに。

だが、後にアイツはアイツなりに怒りや憎しみを乗り越え、悲しみを背負っているのだと理解した。
だから今も奴は笑えるのだと思う。
銀時はいつからか周囲と関係を持つことを恐れている節があったが、それが今では家族まで持てるように回復したのだ。

その平穏を、奴の手自身で壊させることなど、させてなるものか。
何としても止めなければならない。今度こそ、俺は友を救ってやる!












ふと、エリザベスに肩を叩かれ、我に返り、そこで思考が止まった。

「なに!?リーダーと新八くんを見ただと!?…何処だ!?」

どうやら、二人は真選組の連中と行動を共にしていたらしく。路地裏に消えたようだった。銀時が一緒でないことに嫌な予感がしたが、あれこれ考えたところで意味がない。
急いで言われた場所へ向かうと、周囲には幾つかのパトカーも止まっており、なんとも騒々しい雰囲気だった。
なるべく気配を絶って、首にかけていた編み笠を被り直す。

「ん?雨か…」

雨が降ってきた。この時期は、こんな天気ばかりだ。
まったく嫌な季節だと思う。






 
 

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