不始末の激情

□第十五章
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嗤いたいなら嗤えばいいさ。
俺達はそれでも必死こいて生きてやる。



曇天の空と、見るだけで吐き気のするようなニヤケ顔。身体中の痛みと押し寄せる黒。
あぁ、いつだったかもこんなことがあったな、なんて昔の記憶が蘇る。

何年も前のことだ。自分が白装束に身を包み、しっかりと刃のついた刀を振り回していた頃。
調子良く敵軍を蹴散らしていた筈なのに、いつしか形勢は逆転し、周りを見れば人間なんて数える程しかいなくて。知らない星に不時着したような錯覚が自分を襲った。
あれ?ここって本当に地球だよな?なんて考えが頭を過ぎったのは、まだ余裕があったのか、はたまた余裕があると自分自身に思い込ませたかっただけなのか。
そんなこと忘れた。いや、もう思い出そうとするのも面倒だ。

天人に囲まれ絶対絶命のピンチで、背中合わせの友が弱音を吐いたことがある。
四方八方から注がれる天人の気持ち悪い笑みが、未来には絶望しかないと、そう俺らを罵っているように思えた。
いや俺だってね。格好いいことを言っても、あぁこれは死ぬんじゃないか、と思ったことは戦中によくあったさ。
天人の大群を前に、刀を握り直した時も。背中を友に預けて、血を浴びた時も。
戦陣きって走った白が、天人の流す赤やら緑やらの色んな色に染まり、それでも尚、無様に足掻いてた理由なんて至極簡単なもの。

俺はまだ死にたくなかったから、だ。

やらなきゃいけないことがある。そんな使命感。
死にたくない。なんて、日常で強く願うことはなかなかないけれど、もがく時ってのは命の危機に直面した時。つまり戦の時は、常にと言っていい程に纏わりついていたことになる。

生きたいと。
そう思えなくなり、刀を振るう理由が分からなくなった時。
俺は死ぬんだろう。
だから、俺はまだ死なないし、まだ死ねない。
護るものが沢山出来ちまったから。







*******







「アイツ等に手を出してみろ…テメェをぶっ殺す!」
「おやおや、随分と威勢のいいこと言ってるけどねェ。動けない体でどうやって俺を殺すんだい?」

紅桜を構える似蔵に、銀時の身の毛がよだった。
せめて片手だけでも使うことが出来たなら、状況を打破する可能性が各段に上がるのに。どうしたって銀時の四肢は言うことを聞いてくれなかった。
希望を捨てたわけじゃないが、絶望がないといえば嘘になる。霞んだ似蔵の姿。ぼんやりと映る、こちらへ向けられた紅桜の影が禍々しいものへと変化して、いよいよ銀時はなんとかしなければと奥歯を噛み締めた。







そこへ近付く複数の気配。
こんな場所に用事がある人間は限られているわけで。銀時は思わず顔を上げ、似蔵は顔をしかめてゆらりと後ろを振り返る。

素材の違う足音が徐々に大きくなっていった。人数は五人。
すぐそこまで迫ってきている。



「銀ちゃん!!」
「銀さん!!」

聞き慣れた声に、朦朧としていた意識が鮮明になっていき。
あぁ、やっぱりテメェ等か。と化け物越しに子供の姿を確認した銀時の顔色は益々悪くなった。無惨なことに状況は悪化したのだ。
銀時には助かったと思うことはなく、むしろそれとは逆であり、妙な胸騒ぎが頭の中に警告を鳴らしていたのである。
それは護るべき対象が傷付いてしまうのではないかという恐怖、かもしれない。

まず現れた、神楽と新八の二人の背後から、土方、沖田。そして、最後にお妙の姿が見えた。
神楽の手には、銀時が見たこともない武器が握られている。

「銀ちゃん待ってろヨ!今助けてあげるネ!!」

そう叫ぶなり駆けだした神楽は、似蔵目掛けて高く飛び上がると、両手でしっかりと握った刀を振り下ろした。

「こんにゃろォォォ!!よくも銀ちゃんを!!コレでも食らえェェェェ!!」

バチっと数回音がしたと同時に、神楽の刀は淡く光り火花を発する。
その光景に判断が遅れた似蔵だったが、すんでのところで刃をかわし体を捻ると、反撃に移った。
大きな一撃というは当たればダメージは大きいが、結局は隙だらけの攻撃であり、避けることは難しくはない。

「あぁ惜しい。アンタ、刀の扱いには慣れてないようだね」
「うっさいアル!今のはたまたま外しただけネ!!」

神楽が振りかざした刀は獲物を捕らえることなく、地面に刺さった。
似蔵からの横なぎの攻撃を受ける為に、地から素早く抜いた刀はバチバチと音を立て、目に見えるほどの電流を地面に走らせる。
手持ち花火のように光った電気は、地を巡り拡散され、やがて消えた。

「危ない危ない。どんな仕組みだか知らないが、そりゃ気をつけた方がいいね」
「ふん!お前なんてすぐに丸焦げにしてやるヨ!」

両者一歩も退かぬ、刀での打ち合いが続く中。
土方はこの隙にと銀時に近付き、持っていた合い鍵を使って手錠を外した。余程、長いこと拘束されていたのか、銀時の手首は痛々しく見える。

「なに墓穴掘ってやがる。テメェはもうジッとしてろ!!」

土方の言葉に声もなく笑うだけの銀時。流石に反省をしているようだった。
両足の自由を奪っていた紐も解いてもらい、銀時はようやく地に崩れることが出来る。自然な重力感に押し潰されそうになりながらも、なんとか膝で立ち上がった。

「なんで此処がわかった?……お妙か」
「あぁ。屯所へ駆け込んで来たらしくてな。外に出てる俺達に部下から無線が入った」
「今日は…ツいてねぇな」
「俺の台詞だ」

銀時の身に付けている隊服は、見るも無惨なものに変わり果てている。
血で赤く染まったシャツは勿論。だらしなく崩れたベストに、所々破けたパンツ。
後できっちりと洋服代を請求しなければ、と思いつつ。土方は出来る範囲で手当てをしていく。

「よくもまぁ、こんなにボロボロにしてくれたもんだな」
「……俺がやったんじゃねーよ」
「はっ。テメェが突っ込んでいったんだろうが!!ったく……これからが、本番なんだぞ。いけるか?」
「いかなきゃ…駄目だろ」
「…まぁな」

銀時は、腰に差してあった木刀がないことに気がついて大きく舌打ちをした。今の今まで気が付かないとは、それほどまでに感覚が鈍っているというのか。
というより、似蔵と戦う術をなくしてしまったわけだ。
神楽が振り回している刀が、恐らく源外に頼んであった品だろうから、何としても早く鞘を腰に納めたい。

銀時の視線から考えを読み取った土方は、神楽を顎でしゃくると声を低く落とした。

「どうやらあのガキが使ってるのが、対紅桜用の武器らしい。予め手をまわしてたのは、誉めてやるが。武器もなしに岡田と接触したのは誉められたもんじゃねーな」
「テメェに誉められたって嬉しくもなんともねェよ」
「あーそうかよ。ガキをここまで連れてきてやったんだ、有り難く思え」
「へっ……連れてきてやっただぁ?言うねェ。俺に逃げられたくせに」
「うっせぇ!手間かけさせやがって。結局は一人じゃなにも出来ねぇじゃねーか!!」
「……」

銀時の瞳に影が差す。
だがそれは一瞬のことで、雷の光ですぐに消されてしまった。






 
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