不始末の激情

□第十四章
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細い一本道を進んでいく。
薄暗い路地裏には、どこぞの店の裏口とか怪しげな事務所の入口とか、幾つかの扉があったものの、銀時はソレには目もくれず奥へと進んでいった。
きっとアイツは隠れたりはしないだろう。そんな不確かな根拠が銀時の足を動かす。
何故、あの男がこんな場所にいるのかは分からない。
罠と思うのが当然だが、それでも後を追わないわけにはいかなかった。

奥へ進む途中。にゃあ、と呼び止められて隣を見ると、物置の上に黒猫が一匹。澄まし顔で此方を見ていた。
銀時は猫の喉を軽く撫でてやる。目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らす猫。

「いいねぇ、ネコ様はお気楽で」

ゆっくりしているワケにもいかないので。じゃあな、と猫の頭をポンポンしてから、足早に奥へ進んだ。

道を行けば行く程に、不安の中にも、この先に何があるのかと好奇心が少し混じっている事に気がついて。銀時は自分自身に顔をしかめた。







*******







空気が変わり、突然、開けた場所に出た。
そこは、雑居ビルに囲まれたテニスコート一面の広さ程の空き地。
足首まで伸びた草に、所々生えている猫じゃらしが、ズボンを撫でていく。
三、四階ほどのビルは四方からの情報を遮るように建っており、影を落としたその場所は、昼間であるのに薄暗い。

風もなく、音もない。
時間が止まったのかと思う景色の中に、男は立っていた。



「銀時。いつから殺気だだ漏れで後をつけるようになった」
「テメェが誘って来たんだろうが」
「誘った?誘ってなんかねーさ。テメェが勝手についてきたんだろう」

高杉は半端に笑みを浮かべて振り返った。
深緑の瞳は暗く、言葉遊びを楽しむように愉悦を含んだ声は、相変わらず不気味なもの。
銀時はそれを、「よく言うよ」と受け流して、瞼を閉じた。

「また子から真選組に威勢の良い奴が入ったって聞いてなァ。どれほどの奴か俺が試してやろうと思ってよ」
「ふーん、ご苦労なこった。……で?試すって、どんな試験をするわけ?鬼教官さん」

銀時の茶化した言葉に、高杉の纏っていた空気が一変する。

「馴れ合いだけじゃ飽き足らず、幕府に仕える犬に成り下がっちまったのかテメェは」
「は?……違ぇよ。こりゃ、ちょっとあれだ。借りてるだけ」

上着を放って、両手を広げた。着慣れない服装に、今更ながら違和感がひどい。
果たして木刀を素早く抜けるか?そんな事を考えていれば、高杉の右目が細く狭められた。

「別に信じろなんて言わねーよ?つーか、何をしようと俺の勝手だろ。ガキじゃあるめぇし、いちいち報告する義務もねェし」

「ガキ、ねェ」と高杉は鼻で笑って、煙管を取り出す。
そして火を落とし息を大きく吸うと、香りを存分に楽しんでから、吐いた。
そのゆったりとした仕草は、空間の支配者のような権高なものである。

「そうさな。ガキは酒なんか飲まねェ」
「……あ、バレてた?」

高杉には、銀時の容態はお見通しだったようだ。というより、町中で吐きそうになっているところを見られたのだから、安易に予想出来たのだろう。
今、殺り合えば優位に立てるだろうに、それでも刀を抜かない高杉を、ちょっと有り難く感じてしまう。

「テメェ随分と顔色が悪いじゃねーか。二日酔いたァ余裕なこった」
「心配してくれるなら休ませてくれない?結構キツいんだよね」
「アホか。浴びるほど酒を飲むからそうなるんだ。昔からテメェは加減をしねぇからな」
「あー……まぁな」

困った様に曖昧な返事をして、銀時の視線が泳いだ。
何となく今は、そういった昔話はしたくなかったのだ。
それは冷静な判断力を失ってしまうから。咄嗟の一歩に迷いが生まれてしまうから。





「そんなんじゃあ、ろくに刀も振るえねーだろう」
「はぁ?そもそも刀を抜く必要があるかどうかは、そっちが決めることじゃねーだろが」

銀時の心情を無視して、高杉は嗤った。微妙な距離を保ちつつの探り合いが続く。
高杉は腰に刀を差しているものの、先程から抜く素振りは全く見せていなかった。煙管を楽しんでいるあたり、余程刺激をしない限りは抜くことはないだろう。

そんな高杉が徐に「期待させやがって」とポツリ呟く。その哀しげな声を、銀時はしっかりと拾い上げた。
いや、故意に隠さなかった心の声だったから拾えたのかもしれない。

「…!?」

間違いなく、高杉の本音だった。
銀時の首に嫌な汗が伝っていく。
これは夢かと頬を抓りたくなった。

「…き、たい?テメェは俺に何を期待してるっていうんだよ」

問いに答えず、笑うだけの高杉に、夢の中での彼の姿が重なる。







「…俺を斬るか?」

銀時は「テメェ次第だな」と動揺を隠して、声を落とした。
だが、どうにも胸がざわついて仕方がない。ならば、さっさと確信に迫ってしまおうと銀時の言葉は自然と早口になる。

「お宅んとこの死に損ないが暴れまわってんだが。どうにかしてくれねーか、飼い主さんよォ」
「クク……一人じゃどうにも出来ないようだな」
「そんなんじゃねーよ。面倒事っつーのは人に押し付けるのが一番だろ」
「違ぇねェ」

また一つ優雅に息を吐いて、高杉は紫煙を散らした。
煙越しに霞んだニヤけ顔を、睨み付ける。

「アイツを動かしてるのはテメェか、高杉」

突き刺さるような冷たい声だった。
一歩、銀時が近付き、互いの距離が縮まる。



「奴を動かしてるのは、俺じゃねェ。むしろお前の方だろう」
「あぁ……復讐心ってやつ?嫌だねぇ人間は。これからは、やたらと首を突っ込むの止めとくわ」
「そうするこったな。今回は岡田が勝手に暴れ回ってるだけだ。俺達は高みの見物ってわけさ」
「そう言うなよ。仲間の仕出かした事だ。ちっとは協力してくれてもいいんじゃねーの?」
「協力?馬鹿言え。俺はテメェに感謝される立場だと思うがな」

まるで既に協力している、と言わんばかりの言葉。
高杉の真意が掴めずに、疑問符が浮かんだ頭を捻っていると「一つ忠告してやる」とやけに平坦な声が場に響いた。

「紅桜の目的は、テメェへの復讐じゃねェよ」
「……突然何を言うのかと思えば。んなわけあるか。岡田は確かに俺に恨みをもってる。やりあった時も奴自身が言ってたしな」
「そりゃ岡田の目的だろうよ」
「…?わけわかんねー」
「そうか。なら、本人に聞いたらどうだ?」










ぞくり、と背中に悪寒が走った。
振り向き様に、木刀を抜こうと添えた手を力強く握られる。

「!!」
「夜叉とまで言われた人間が、こうも簡単に後ろを取られるなんてね」

素早く腕を背中に回され、首に刃物を当てられた。
血の匂いが鼻を突く。
紅桜だ。

いつの間にか後ろに立っていた似蔵。
銀時は「こちとら二日酔いなんだよ!!」と吠えて、やっぱりコイツ等は繋がっているんじゃないか、と思った。
少し暴れてみたが更に腕を強く抑えられ、決して良い方向へは転じることはない。

「昔はアンタも人斬りだったんだろう?」
「……うっせぇ」

耳元で吹き込まれる言葉に、反吐が出た。
白夜叉だとか、人斬りだとか。
そういったものは平和になった世でも、しつこく銀時に付きまとうのだろう。
神楽や新八が過去の行いを許したところで、攘夷戦争の事実が消えるわけではないし、一生背負っていかなくてはならぬものであると承知はしていた。
しかし、こういった形で掘り返されるのは気持ちが良いものではない。
揺さぶりを掛けているのは明白だが、それを見過ごせる程の余裕が今の銀時にはなかった。
昨日見た夢のせいだろうか。

「どうしようかね。いたぶるというのも手だが。俺の自由にしていいのかィ?」

わざわざ確認するあたり、似蔵は高杉の気持ちを確かめているようだった。
主君が望むことはなんなのか、欲望を混ぜ合わせ問う。

「勝手にしろ」
「殺してしまうよ?」
「好きにすればいいさ、煮るなり焼くなりな」

高杉は銀時に興味がなくなったのか、その場を去ろうと背中を向けていた。

「あっ!待てコラ!!」
「銀時。紅桜に呑まれてでもみろ。オメェの力はそれ程までだったってことだ」
「……呑まれる?」
「護るが勝つか、壊すが勝つか。せいぜい足掻け。俺は不抜けた奴に興味はねぇ」

恐らく、これ以上会話を続けたところで、返ってくるのはいつもの笑みだけだということは分かっていた。

この男の本質を見抜く事は容易いことではないのだ。
見抜こうと考えたところで、出てくる答えは所詮、自分の願望が混ざり合ったもの。
外部の全てを遮断する黒い獣が、いつも大声で鳴いて銀時の邪魔をした。

「幸福に呑まれて、身体を蝕まれた鬼が。刀を持つことを忘れるからこうなっちまう」
「はぁ?廃刀令って知らねーの?第一、俺を巻き込むのは、いつだってテメェとヅラじゃねーか。ずかずかと土足で中に入って来やがって。靴くれぇ脱げってんだ」
「礼儀なんていらねーだろうよ。俺はテメェを助けようとしているだけだからな」
「いいや、違うね。俺にエゴを押し付けんじゃねェ。テメェは青空の下で生きていくのが怖いだけだろうが」

高杉は「怖いことなんかあるか」と、振り返ることもしないで行ってしまう。
銀時は、その背中を見て。高杉がどうしようもなく平穏を恐れているように感じた。
過去と共存し、平和な世を生きていくことが出来ない高杉にとって、それが出来る銀時は気に入らない存在なのかもしれない。

しかし銀時とて、刀と牙を捨てたわけじゃない。
だからこそ、いつ顔を出すか分からない、自分の中の鬼を恐れているというのに。

過去を生きる高杉と、今を生きる銀時。そして、未来を生きている桂。
三人は昔から確かに繋がってはいる筈なのに、鎖は伸び続けるものなのか、何時まで経っても引き寄せてくれなかった。







「アンタは簡単には殺さないよ」

暗闇に誘われるように高杉の後を追って、とりあえず銀時が分かったこと。それは、
今、自分が危機的状況に陥ってしまったということ。と、平穏や日常なんて呆気なく崩れてしまうってことくらいだった。

「離せ……!!」
「アンタには、ちょいと憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」

似蔵は、紅桜を持ち替えると「さぁ、楽しもうじゃないか」と悲劇の幕開けを宣言する。

「……!?」

その瞬間、鈍器で殴られたかのような衝撃が後頭部に走った。
高杉が去った道の先を最後に視界に入れて、銀時は膝から崩れ落ちる。

『高杉。何故お前は、選択肢が一つしかないんだ』

浮かんだ問いに、もちろん答えは返ってこない。
濁りを増した赤い瞳を閉じて、銀時は眠る。
腰に差した木刀が抜きとられた感触はあった。
だが、それ以降はもう何も分からなかった。




 
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