不始末の激情

□第十三章
1ページ/3ページ






「総悟ォォォ!!」という、怒鳴り声にその場に居る人間が一様に振り返った。
好機の目にさらされて、新八と神楽は顔見合わせては眉を寄せる。

「仕事はどうした?見回りはどうした!?寝てんじゃねーぞコラ!!」
「あーあー。うっせぇなァ。昼寝くらいさせて下せェよ」
「昼寝くらい、じゃねぇ!!仕事中に寝る野郎がいるか!」
「土方さんが出てくるなんて、とんだ悪夢だ。さっさと起きて二度寝でも極め込むか」

沖田は、上げた顔を元に戻して椅子に伏せた。
その耳を摘まんで無理矢理起こす土方に、沖田の顔が歪む。

「いててて」
「夢じゃねェ。さっさと起きろ」
「ひでェや土方さん。こりゃ立派なパワーハラスメントですぜィ。上に報告するしかねーな。アンタはここまでよく頑張ったよ。あとは俺が副長の仕事しっかり継ぎますんで、土方さんは安心して消えて下せェ」

再び聞こえる怒鳴り声。
子供達は、周囲に「すいません」と頭を下げた。







土方達は銀時を探す為、無線機の情報を頼りにしながら町を走り回っていたわけだが。
どれもこれも銀時ではなく、ハズレを引くばかり。
もちろん今回もそうであり、無線機が示した場所へ行ってみれば、そこに居たのは昼寝中の沖田だった。
暑さを凌ぐ為か、ちゃっかり大江戸デパートのベンチに寝転んでいるところを土方に叩き起こされたのだ。

「あれ、土方さん。そういや旦那は?」
「え」
「屯所の旦那は誰が見てるんでィ」

観念をしたのかアイマスクを取り、欠伸をしながらの沖田の言葉に、土方の表情が一気に陰りを帯びる。

「そ、それは……だな」
「?」
「……逃げた」

「は?」
「逃げたって言ってんだよ!…だからテメェもアイツを探すのを手伝え!」

土方の両隣に居る子供達の姿を視界に入れて。あぁそういうことか、と沖田は理解した。
銀時は土方の目を盗み、まんまと屯所から逃げ出し、それを三人で探し回っていると。
沖田は胸の内にニンマリと作った黒い笑顔を隠して、わざとらしくハッとした顔を貼り付ける。

「上司の不祥事を部下に擦り付けるなんざ、何処までも汚ェ野郎だ。土方死ねよコノヤロー」
「テメェは二言目には、それしか言えねェのか!」
「おっといけねェ。呆れて本心が出ちまった」
「いいからさっさと体を起こせ!仕事だ!!」

へーい。 と気のない返事をして沖田は身を起こした。










「で、なんで民間人もパトカーに乗せてるんでさァ。車内の空気が悪くて仕方ねーや。コイツ等、道路に投げ捨てていいですかィ」
「それはこっちの台詞アル!お前こそ、道路に捨ててやろうか!」
「おーおー。喚くんじゃねーよ。只でさえ汚ェ空気が更に汚れちまう」
「なんだとォォォ!!」
「空気汚染物質が。やれるもんならやってみやがれィ」

車が走り出してすぐに、助手席に座った沖田と後部座席に座った神楽が火花を散らし始めた。
犬猿の仲と思われる二人が、狭い空間に一緒にいるのだ。これは必然である。
新八は身を乗り出した神楽を押さえて席に座らせようとするが、あまりの馬鹿力に自身まで前に持っていかれそうになっていた。
走行中であるというのに、パトカーがゆさゆさと揺れ、これまた道往く人から好機の目を向けられる。

「テメェ等、いい加減にしろ!大人しく出来ねぇのか!!」

土方は運転しながらも、片手で後ろから迫る神楽の頭を押さえ付けていた。
その隣で沖田は神楽を挑発し続けている。

「ほら、神楽ちゃん!!銀さん見付けないと!喧嘩してる場合じゃないよ!」
「うるさいネ!売られた喧嘩は買わなきゃ女が廃るアル!」
「もう……沖田さんもですよ!!今は銀さんを見付ける為に協力して下さい!人探しに手は多い方がいいでしょ!?」

新八の願いにも沖田は何処吹く風で、ガムを口に入れると顔をカーロケーションへ向けた。
画面には相変わらず幾つかの点が点滅している。
煙草の煙を逃がす為に、少し開けた窓から生暖かい風が入り込み、土方は咥えていた煙草を灰皿にぐりぐりと押し付けて火を消して、窓を閉めた。

「ったく、あの野郎…何処ほっつき歩いてんだ!用がねェ時には鉢合わせるくせによ」
「あれー?土方さん。一人だけ動いてねェ奴がいますけど」
「は?」
「これでさァ」

騒ぐ神楽を無視して、沖田が指差したのは一つの孤立した点。
沖田には、その無線機を持った人物だけは動くこともせずに、ジッとその場にとどまっているように見えたらしい。
おそらく一定時間で自動更新される画面を、車に乗り込んだ時から見ていたのだろう。

「動いてないだと?そんなもん。テメェみてーにサボってる奴がいんのかもしれねーだろ」
「そりゃ、早いとこしょっぴかないと駄目ですねィ。仕事中にサボるなんざ真選組の風上にも置けやしねェ」
「テメェが言うな!!」







*******







結局、沖田が見付けた不穏分子を排除しようと、無線機を持つ動かぬ人物の場所までやって来た面々。
場所は公園。設置された大きな造りの噴水がとても涼しげで、水遊びをする子供達が一緒にキラキラと輝いていた。
木々に囲まれている為か、蝉の声が一段とうるさい。

入り口に車を止めて隊服を探してみたが、いくら探せど黒い影は何処にも見当たらなかった。
土方は沖田と、神楽は新八と、ペアを組み別行動をし手分けして探していたところに、万事屋組が見つけたのは一つの段ボールハウスだった。
ベンチの横に作られた紙製の家は、とても簡易的な構造で、屋根のない『箱』には長谷川が座っている。

「……」
「……」

視線が交差した筈なのに声をかけることもなく、互いに見つめ合ったままで動かない。長谷川は、散歩中の犬のように口を開けぐったりとしていた。 炎天下の中、屋根もない場所にいるのだ。相当参っているに違いない。
此方としてもいつまでもこうしている訳にはいかないので、先に新八が口火を切った。

「…長谷川さん。家は河川敷にしたんじゃないんですか」
「今日、大雨が降るとか聞いたからさ……避難してきたんだよ」
「…あ、そうなんですね」
「でも、ここじゃ暑さでやられそうだ。死んじまうよ……さっさとコイツを売って、金にしないと」

新八が身体をそのままにして、目だけを長谷川の手元へ向けると、

「…!?それは…!!」
「いいだろ、コレ。売れば金になるかなぁと思ってさ」

長谷川が持っていたのは無線機だった。
何故、この男が真選組の無線機を持っているのか。隊士が落としたのだろうか?
普段携帯している物を落とすなど考え辛いが、例えばそれが銀時だったらどうだろう。あの男ならやりかねない。
いや、もしかすると銀時の身に何かあったのかもしれない。

新八の隣で、顔を青白くして話を聞いていた神楽。
加速する思考を止める為に、「マニアの間では高値で取引されるって聞いてよぉ」とへらへら話す長谷川の胸ぐらを掴み、身体を揺すった。

「それ、何処で拾ったアルか!!」
「え…?ちょっと…!離して離して!!」
「言えマダオ!!じゃないとぶん殴るアル!」
「えぇぇ!?…ちょっと待って!!話すから!!」



「おい、メガネ!チャイナ!!見つかったか!?」

土方と沖田が駆けてくるのが見えて、動きを止めた神楽。
長谷川は真選組の姿にまずいと思ったのか、咄嗟に無線機を隠そうとしていたのだが、新八がそれを制した。

「土方さん。見て下さい!コレ」
「あ!!なんでテメェがコレを持ってやがる!」

神楽から解放されたのも束の間、今度は土方に胸ぐらを掴まれ揺すられた長谷川は、早口で答えた。

「さっき銀さんがくれたんだよ!売って金にしろって!」

「は…?」
「隊服着てたから何事かと思ったけどさ。いらないからあげるってくれたんだ!マニアの間では高く売れるみたいだから、売って金に変えればいいじゃんって!」

サングラスの中の怯えた瞳が、バチリと土方と合う。
間近で見る土方の目は全く曇がなく、鋭いものだった。先程自分に無線機を渡していった男も時折こんな目をするけれど。どちらにせよ、あまり慣れてないことなので、自然と腰が引けてしまう。

「あっ!いや!断じて売ろうとはしてないから!ちょうど今から屯所に返しに行こうと思ってたんだよね!!そっちから来てくれて助かったわ!!あはははは!」

震える手で差し出された無線機を奪い取って、隅々まで確認する土方。
壊れてはいないようだった。

「土方さん。銀さんが此処に無線機を置いてったってことは…」
「奴が無線機のGPSに気付いたのか、はたまた無線がうるせェから捨てたのか」
「…アイツ何やってんだァァァァ!!」
「くそっ。これで振り出しに戻っちまったな」

何か手はないか。と土方は無線機を握り締める。



「なら、こんなとこで喋ってる暇もねーですぜェ」

沖田は頭で腕を組んで、一人パトカーへと足を進めていった。
そして振り返ると、噛んでいたガムを膨らませてわざと割って見せる。

「そこまでして一人になりたかった理由を考えれば、急いで旦那を見つけなきゃなんねーの、分かりますよねィ?」

雲行きが怪しくなってきた。
腹を出して地面に転がっている蝉の亡骸を踏まないように避けながら、新八たちは皆の後に続きパトカーに戻った。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ