不始末の激情

□第十二章
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『…――これから暑さは一段落しますが夕方以降、ところにより激しい雷雨になることがあります。お出掛けの際には急な雨にご注意下さい。午後二時を回りました。続いてはニュースです…――』

ふぅん。とテレビから視線を流した新八は、窓から空を眺めた。
青く澄んだ空に、巨大な入道雲が絵画のように綺麗なコントラストを生んでいる。夏ならではの景色だ。

「洗濯物、大丈夫かな」
「こんなに晴れてるんだから、大丈夫アル」
「だよね」

夏の天気は変わりやすいものだが、ここまで晴れていれば、これから雨が降ろうなどとは誰も思わないだろう。
すぐに部屋に戻った新八は、開けられた窓から僅かに湿った空気が流れ込んできたことに、気が付くことはなかった。


銀時が居ない時に掃除をしてしまおうという魂胆で、万事屋では掃除の真っ最中。
あの男がいては掃除が進まないし、むしろ邪魔なだけ。ならば、今しかチャンスはあるまい、と新八が奮起したのである。
新八は居間を中心に、ハタキを手に持ち右往左往していた。タオルを首に掛け、汗を拭いながらの作業だ。
対して、神楽は台所を中心に、アイスキャンディーを手に右往左往している。タオルで口を拭きながら、時折麦茶を口にしていた。

「って、神楽ちゃんんんん!?ちゃんと掃除してるよね!?」
「何言ってるアルか新八。ちゃんと冷蔵庫の中の掃除をしてるネ!!」
「それ掃除って言わないから!つまみ食いだから!……あっ!僕のアイスまで食べるなァァァ!!」

外から聞こえる風情ある蝉の鳴き声に、負けじと二人はギャアギャアと騒ぎ出した。
そこで、和室からたまがひょっこり顔を出す。

「あの。銀時様のジャンプ、全て捨ててしまってもよろしいでしょうか」
「あぁ……捨てちゃっていいアル。どうせ読み終わってるネ。ついでに、アイツが隠してるエロ本も纏めて捨てちゃってヨロシ」
「かしこまりました」

たまは、お登勢からの言い付けで此処に居る。銀時が居ないことで子供二人では、とお登勢が気を効かせた結果なのだろう。
先程、神楽が食べていたアイスもお登勢からの差し入れだ。
銀時と違って、二人には何かと優しいその理由は、マダオが残した家賃滞納という負の遺産の罪が子供達にはないからである。

「すみません…掃除手伝ってもらっちゃって。助かります」
「いえ、お構い無く。他にもやることがあれば、言って下さいね」

定春が舌を出しながらのびている隣で、たまはジャンプを居間にせっせと運ぶと、手際よく紐でそれを纏めていく。
そんな一家に一台欲しい程の働きぶりに、新八は申し訳なさそうに笑って顔を崩した。










『続いてのニュースです。今日、昼頃。江戸港を出発した客船で密輸を行ったとし、攘夷浪士暁党の患部が見廻組によって逮捕されました。彼等は、紅桜と呼ばれるカラクリを…――』

付けっぱなしのテレビから聞こえてくる『紅桜』という言葉にたまの手が止まる。もちろん、新八も。

「神楽ちゃん、見てこれ!」
「ん、なんだヨ。お通ちゃんに彼氏でも出来たアルか」
「違うよ!紅桜のことがニュースでやってるの!!」

そこで画面がちょうど、ブルーシートの上に押収された紅桜が置かれている図に切り替わった。
大空のように青い神楽の瞳が、みるみる画面に吸い込まれていく。
神楽はまじまじと紅桜を見たことがあるわけではなかったが、昔鬼兵隊の船内にあった幾つも並べられていた記憶の中の紅桜と、テレビの中の刀が重なったのだ。


続いて大きくぶれたカメラは、船から悠々とタラップを降りてくる一人の男に迫っていった。
男は手でカメラのレンズを隠しながら、無言で用意されたパトカーへと足を進めていく。僅かに血で汚れた白いタキシードに身を包んでいるその男は、二人が知る人物、異三郎だ。

同時に流れてくるキャスターの話を聞くに、どうやら異三郎とは別に動いていた隊も天人の拠点も抑えることに成功したらしい。
これには、スタジオに座る二人のコメンテーターがやたらと見廻組の活躍を褒め称えていた。

「…あいつ等、なかなかやるアルな」
「他の紅桜が全て回収されたってことは…岡田以外は、一先ず安心ってわけか」
「新八。これ、鬼兵隊が関係してるアルか」
「わからない。でも鬼兵隊は今回、僕達と同じ外側の位置にいると思うんだ、源外さんもそう言ってたろ?」

神楽は、棒だけになったアイスキャンディーを名残惜しそうに齧りながら、視線だけをテレビから離した。

「怪しいアル。片目野郎のことだから、きっと何か考えてるネ」
「何とも言えないね……でもとりあえずは、残された紅桜の心配だけすればいいと思うけどな」
「それが一番厄介なんじゃないかヨ」

結局は状況が良い方に進んでいないことに、二人は「はぁ…」と溜め息混じりにテレビに視線を戻す。
そこで一瞬だが、人混みの隙間に何処かで見た顔が映り込んだことに気付いた。
見馴れた赤いコートと下駄姿…ではなかったが、特徴的な髪形とサングラスはそのままで、その人物は間違いなく。

「坂本…さん?」












「おーい!ガキ共いるか!!」

どんどんどん!と突然、激しく玄関戸を叩かれて、新八と神楽は思わずビクリと肩を揺らした。
たまが客人を出迎えに上がると、少し遅れて客の笑い声が聴こえてくる。

玄関先のやり取りを聞いて、新八が首からタオルを取り向かうと、源外が靴を脱いで上がってこようとしているところであった。
手に抱えている長細い布は、新八が先日も見たものだ。

「源外さん!」
「よぉ、早く会えてよかったぜ。テメェ等も紅桜のニュース見たか」
「えぇ…ちょうど今やってましたよ」
「見廻組の連中、真選組よりも先に手柄あげやがったな。こりゃ銀の字を囮に、岡田を取っ捕まえなきゃ真選組の面子も丸潰れじゃねーか」

あっはっは!と品のない笑い声を上げて、源外はたまの後をついて居間に入る。
そのまま、たまは台所へ行くと冷えたお茶を出した。
神楽もテレビを消して、まだ僅かに甘味の残るアイスの棒をゴミ箱へ放り、客人を迎えた。




 
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