不始末の激情

□第十一章
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翌日。


坂本はある人物を待っていた。

今いる場所は港。普段は閑散としている港も、豪華な客船が停泊している為か今日は賑やかである。着飾った人間達があちらこちらで談笑し、楽しげな雰囲気が一帯を包んでいた。
宇宙へと気軽に飛べる時代に、海だけを航る船は珍しくなった。
その為か、金を持った人間達は娯楽の一つとして船旅をするのだ。

何処か高貴な空気に溶け込めない坂本は、慣れないタキシードに身を包んでいた。首に違和感を感じて、蝶ネクタイを緩めたくなる衝動に駆られたが、辺りを見回して思い止まる。
夏用のタキシードと言えども、この正装で炎天下の中、時間を潰すことは辛いものがある。せめて上着を脱ごうか、とも思ったが。
目の前を涼しげな顔をして通り過ぎる紳士の姿を見て、これまた思い止まった。

「こんなもの、何が楽しいのか分からん」

これが坂本の本音である。

陸奥はというと、快援隊の船で待機していた。
海上で身動きが取れなくなった場合に備え、客船の航路を後からついていく手筈なのだ。
標的を捕らえた後で、身柄を警察へ渡す際も手伝うことになっていたのだが、これは幕府が保有している船を使ってしまっては、敵に怪しまれる為の策である。





人間観察にも飽きてきた頃、坂本の視界に二つの白い影が飛び込んできた。

「ほぉ…随分と立派な格好をしちょる。お人形さんみたいじゃ」

一見して誰だか分からなかったものの、間違いなく一つの影。ぎこちなく歩くその女は信女だった。

信女は先日会った時とは違い、薄いピンクのドレスに身を包み、足には白いハイヒールの靴を履いていた。頭には、日差し除けの大きなつばが付いた帽子を被り、手には白い日傘を持っている。
その姿は高貴な女性を思わせ、誰が見ても彼女が見廻り組の副長であるなどとは考えないであろう。

隣には白いタキシードに身を包んだ紳士が、彼女をエスコートしていた。
手に持っている木製の杖が、細身の体に妙に溶け込んでいる。
二人は坂本に近付くと、軽く会釈をする。その仕草がますます二人を何処かの貴族のように思わせた。

「貴方が坂本さん、ですね」
「あぁ、そうじゃ。えっと……おんしが異三郎殿?」
「はい。今日はよろしくお願いします」

ニコリともしない異三郎に、その隣で同じく無表情の信女。

「いやぁ、お人形さんみたいじゃな」

と坂本が笑ってみせても、表情が崩れることなく居る女は本当に人形のようであった。作り物のように透き通った肌、艶やかな髪。スラッと伸びた手足はどれだけの男を虜にすることか。

そんなことを考えていた坂本は、感心気味に足元から視線を上げていき、端と二人が刀を持っていないことに気が付いた。

もちろん正装をしているのだから、隊服と違い真剣なんぞ身に付けていれば目立つことこの上ないが、武器がなければ任務をしっかりとこなせるかも危うい。

「お二方、まさか武器もなしに踏み込むっちゅうのか」
「いえいえ、ご心配なく。流石に刀を腰に差して客船に乗り込むわけにいかないでしょう」

ほら。と異三朗が杖を捻ると、中からキラリと光る刀身が顔を出した。仕込み刀である。
恐らく信女の持っている日傘もそうなのだろう。二人は今日の為に仕込み刀を準備していたのだ。

「ほぉ!えらく便利なもん持ってるのう」
「あの船は只の客船。故に持ち物検査もありはしませんので。貴方の銃の一つや二つはバレることなく持ち込むことは出来るでしょう」
「なるほど。検査がないっちゅうのは、奴等にとっても好都合というわけじゃな」
「そういうことです。そして出航してしまえば、船は完全に孤立した空間になる。取引にはもってこいの場所なんですよ」
「奴さんも考えとるのう」
「但し、彼等には誤算があった。既に取引の情報が、我々エリートの元に流れてしまっているということです。そして彼等に逃場はありません。孤立した空間というのが仇になりましたね」







*******







チケットを手にして船内へ乗り込む三人。
扉を開けホールに出ると、直ぐに生演奏のピアノ音楽が耳を出迎えてくれた。
きらびやかな船内には、既に沢山の人間がおり、皆思い思いの時間を過ごしている。
普段関わることが少ない人間達の立ち振舞いも合わせて、まるで異次元に来たかのような錯覚。あまりの非日常な光景に、ホールに足を踏み入れた坂本の口から感嘆の息が漏れた。

「ほぉ!こりゃ凄いのう!!」
「坂本さん、あまり騒がないで下さいますか。目立ちますので」
「……おぉ、すまんすまん」

どうやらパーティー自体は船が出航してから始まるようで、幾つか置かれたテーブルの上には、大きな花瓶に生けた花達と上品なクロスが置かれているだけであった。

「こりゃ何のパーティーなんじゃ?」
「この船は国を一周する客船です。途中幾つかの港に停まっては、こうしてお楽しみ会をして楽しんでいるのですよ」
「…へぇ」

ボォーと長い汽笛が船内まで聴こえてくる。
長声一発、出港の合図だ。
揺れなど身体で全く感じないままに、船は動き出したようだった。










「この料理の数々!目移りしてしまうのう」

出港してから暫くして、料理が運ばれて来た。次から次へとテーブルに並べられる料理に坂本の顔がいったり来たりを繰り返す。

「貴方だって、快援隊を指揮している身なのですから、これくらいの料理は普段食べているでしょう」
「いやいや、わしゃそういったものは嫌いじゃき。……けんど、たまにはいいかもしれんのう」

おんしは?と聞く坂本に、異三郎は首を横に振って大きく息を吐いた。
どうやら愚問だったらしい。

「我々はエリートですので、こういったものは常日頃から口にしてます。ですから、貴方のように騒ぐことも、」

ね、信女さん。と異三郎が隣の信女に視線をやるが、そこには誰も居ない。
何処にいったのかと目で探せば、信女は二人から少し離れたテーブルに盛られた料理を一人でジッと見つめていた。
目の前にあるドーナツが盛られた皿に、今にも手を出しそうな程に熱い視線を送っている。

やれやれ、と異三郎は再び大きな息を吐くと、ボーイが運んできたシャンパンを手に取り、坂本にも手渡した。
乾杯の合図があってから、二人はグラスに軽く口をつける。





「紅桜の取引はすぐに行われる筈です。彼等もさっさと終わらせたいでしょうし、人の目を誤魔化す為にパーティーの最中に動くでしょう」
「けんど、こがな人が沢山いる場所でどうやって紅桜を?そもそも、何処で取引が行われているかも分からんぜよ」
「えぇ、そうなんですが。まぁ、彼の後をつけていけば分かると思いますよ」
「?」

異三郎が顎でしゃくった先に、一人会場をあとにする男の姿があった。
警戒しているのかキョロキョロと視線を泳がせている。

「怪しいのう。怪しすぎて怪しいのう」
「まぁ、どちらにせよ船内を散策しなければなりませんし、彼が只の客であり、私達の正体がバレたとしても」
「…?」
「黙らせればいいでしょう」

そう言って、グラスを戻し歩き出す異三郎の後を、頭を掻きながらついていく坂本。
いつの間にか戻ってきていた信女は両手にドーナツを持ちながら、「斬っていいの?」と、異三郎の顔を覗き込んでいた。






 
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