不始末の激情

□第十章
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高杉と坂本が酒を楽しんでいる頃。

銀時は座布団を枕にして、だるそうに畳に横になっていた。
実は、今いるこの部屋は銀時に与えられた部屋ではない。
一人じゃ暇をもて余すし、あまりにも夢見が悪かった為に抜け出して来たのだ。助けを求めたわけではないが、一人でいると気が滅入る。未だ、皮膚の上を触手が這う触覚が生々しく残っていて、自由に動かなかった身体に違和感を感じていた。
自分が自分じゃなくなる気がして、止めたくても止められない。
護るものを護りきれなくて、自分の手でソレを壊していく事に叫び声を上げることも許されない。
銀時にとって、それは絶望だった。

「ねェ」

だから、こうして人を求めたのかもしれない。
現実は違うと、あれは夢での出来事であると自分に認識させたくて。

「ねェ。土方くん」
「うっせェ!!こっちは仕事中なんだよ」
「見て分かる」
「なら話し掛けるんじゃねェ!!」

銀時は副長室に居たのだ。
話相手がいれば誰でも良かった。別に好き好んで此処に来たわけじゃないが、一番先に目に入ったのが副長室たったもんだから仕方がない。
普通なら土方に直ぐにでも追い出されそうなものだが、大事な話がある。と言ったら、すんなりと部屋に入れてもらえた。
いつになく真剣な顔を作ったのが良かったのかもしれない。

「暇なんたけど」
「あぁ。そうかよ」

銀時は自分の髪をクルクルと弄び、欠伸をした。
大事な話なんて勿論持ち合わせてないが、土方は何時までも話を切り出してこない。
嘘がバレたのか?とも思ったが、土方という男は妙に空気が読める男であるし、此方に気を使っているのかもしれないと思った。

「ジャンプ買ってきてよ」
「今日は月曜じゃねーだろ」
「まだ読んでないところあったんだよ」

今日は何曜日だと思ってるんだ。もう売ってないだろう。と帳簿に視線を落とした土方の手が再び動き出す。
岡田が暴れる度に増える仕事。事後処理にも追われ、休む暇などないというのに、こうして銀時の相手をしているのだから気苦労が絶えない男なのだろう。







「神楽と新八に持ってきてもらおうかなー」
「冷蔵庫にプリン忘れてきたしなー」
「こりゃ完全にホームシックだなー」

しかし、それもここまでだった。
銀時の気だるげな声により、土方の額に数本の血管が浮かび上がると、とうとう机に手を叩きつけて銀時を睨み付けた。

「ったく、うっせェな!!そもそもなんで此処にいるんだよ!」
「…あれ?なんでだっけ」
「話があるっつったのは、てめーだろうが!!」
「そんなこと言った?俺」

土方は帳簿をそのままに立ち上がると、足音をドカドカと鳴らし銀時の元へ行き襟首を掴まえる。

「あの…いや、ほら!皆出払ってるじゃん?つ、つまんねーんだよ」
「俺は忙しいんだ!」

土方が着物を引っ張ると、いてて、と銀時が上半身を起こした。

「あー…えっと、なんだっけ。アイツ」
「はぁ?」
「名前が思い出せないんたけどさ、ほら、よくお前についてる」
「…山崎?」
「そうそう!アイツも居ないしさぁ」

ちょうどその時、「いますよ」と静かに襖を開け部屋に入ってきたのは山崎である。
失礼します、と言葉の後に続けると銀時を一瞥し、報告書を土方に差し出した。

「あぁ、居たんだ。えっと……山岸くんだっけ」
「山崎です、旦那」

今、言ったばかりでしょう!という言葉を視線に乗せて、そこから土方に向き直る。

「副長。見廻組が急遽、他の星へ出向きました」
「見廻組?…あぁ、どうせ旅行でもするんだろ。エリートだからな」

土方は、エリートという言葉をやけに忌々しく言い放ち、煙草を口に咥えた。
既に机の上の灰皿には、吸殻が山を作っていたのだが。まだまだ自分を悩ませる不穏分子にニコチンが足りなかったようだ。

「いや、それが……佐々木異三郎と今井信女は地球に残るそうで」
「トップが置いてかれるなんざ、何か企んでやがるのか」
「うーん、どうでしょう……二人は明日、パーティーに参加するみたいですが」
「パーティー?エリート様は随分と暇なようだな」

此方は仕事が山のようにあるというのに、呑気なものだ。と土方は荒々しく煙を吐いた。
山崎が持ってきた報告書に簡単に目を通し、ソレを乱暴にデスクに投げる。戻した顔には、シワが数本増えたように思えた。

「別に気にすることでもねーだろ。どうせ置いてかれたんだよ。アイツ仲間からも嫌われてんじゃねーの。ギザウザスだから」

二人の会話を聞いた銀時は、露骨に嫌な顔を作って両肩を上げておどけてみせる。










「岡田は?奴はどうした」
「岡田は後を追っている最中、途中で見失ってからというもの行方知れず。しかし、町の警備人数を増やしていますので暫くは辻斬りを起こすとは考えられません。それに、」

山崎は、チラリと銀時に視線を移して直ぐに土方に顔を戻した。
そして手招きをして土方を寄せると、
「旦那が簡単に倒せるって分かったじゃないですか」
そう耳打ちをした。
土方は、あぁなるほど、と頷く。
つまり山崎が言いたかったのは、今までの殺人は岡田が銀時を殺す為にデータを集めていた為に起こったものであるから。
充分にデータが溜まった今。彼にとって焦ることは何もないということだ。
岡田はさぞ拍子抜けしたことだろう。坂田銀時が新型紅桜の前に呆気なく膝を付いたのだから。

「山口くん、ギザウザス」
「…山崎です」

銀時は山崎の言っている事が分かったのか、そう言って口を尖らせた。
開けられた襖からサワサワと風が肌を撫でていく。それが気持ち悪く感じて、銀時は自然と手で肌を擦った。





「あぁもう!!なんか此処に居ると気がおかしくなっちまうよー」
「仕方ないだろ。事が済むまでだ、我慢しろ」
「なぁ……今日さ、飲みに行っていい?」
「…はぁ?」

何を言っているんだコイツは、と書かれた顔で二人が銀時を見る。

「酒でも飲まなきゃやってらんねーんだよ!!」
「阿呆!テメェは岡田に狙われているっつー認識はねェのか!!」
「何処に居たって変わらねェだろうよ!!」
「町中、それも夜に出歩くなんて格好の的なんだぞ!」

騒がしくなった部屋に、不毛な争いが続く。
山崎は二人の言葉をどうにかすり抜けて、宥めるように両手を出した。
うっ、と言葉を飲み込んだ二人は瞳で火花を散らしている。

あぁ、いつもこうだ。と山崎が呆れていると、銀時が「ははーん」と鼻で笑った。

「さては、テメェ。俺を守りきる自信がないんだな」
「!?」
「呆れちまうよ。鬼の副長とも呼ばれてるテメェが、岡田にビビってんのか。屯所じゃなければ俺を守れねェって?所詮、一匹だけじゃ何も出来ねェ犬っころなんだろ」
「…万事屋、テメェ」
「守ってみせろよ、俺を」

なんでこの人は、こんなにも偉そうなんだろう。
山崎の顔が呆れ色を濃くする。分かりやすい挑発に、滑稽な程に不自然な流れ。
こんなものに、誰が引っ掛かるものか。

「上等だコルァ…せいぜい酒に潰れて岡田に殺られねーようにするんだな」

いやいや、まさかこんなに近くに居たとは。と、山崎は首をブンブンと横に振った。

「えぇぇぇぇ!?駄目ですって!旦那を外に出しちゃ!!」
「岡田は暫く動かねェさ。それにコイツにここまで言われて、黙ってられるわけねーだろが」
「そんな…何かあったらどうするんですか!」
「大丈夫だろ」
「あぁ、もう……どうなっても知りませんからね」

止めても無駄であると、あっさり身を引く山崎。
何かあった時の責任は土方自身にあるだろうに、決定を揺るがすことはない。土方は、こういうところがある。
恐らく、それを利用する銀時の方が土方よりも一枚上手だ。山崎はそう思った。






 
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