不始末の激情

□第九章
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「晋助様ァ!!岡田が坂田銀時と接触したみたい……っス?」

また子は、部屋に入るなり昼間から盃を交わしている男二人に目を奪われた。
なんたって時刻はまだ昼時。夜には程遠い。
見たところ、開けた酒の数はそれほど多くないが、既に何本かは二人の胃袋の中だった。
つまみもないのに、よくここまで酒が進むものである。おそらく、昔の話に花を咲かせていたのだろう。





高杉は坂本に酒を注いでやると、また子に視線を移した。
それほど酔いは回っていないようで、その目は据わっていない。しかし、普段の狂気も映していない。

高杉が酒を飲むことは珍しいことではないが、太陽が沈まぬうちからというのは滅多にないことである。つまり、それほどに機嫌が良いのだろう。
また子の報告に「そうか」と素っ気のない返事をし、ゆらりと視線を酒に戻した高杉の顔はほんのりと紅潮していた。

「あ、えっと……」

妙になまめかしく、妖しく、美しい。
その姿に看取れていたまた子の言葉が、高杉に奪われる。
このまま姿を眺めていたい衝動に駆られたが、そうもいかなかった。

「高杉、おんしはどうも昔から女性の扱いに慣れちゃーせんのう。もっとこう、他に言葉とかないんか」
「……あ?」
「また子ちゃんが可哀想じゃ」

坂本がまた子の気持ちを拾い上げるが、どうやら素っ気ない高杉の反応にショックを受けたものだと勘違いをしたらしい。
アンタこそ女心が分かっていないだろう、とまた子は首を横に振り「いつもこんな感じなんで」と曖昧に言葉を返す。





「二人は互いに大きな負傷はなし。坂田銀時の方は大分苦戦したようっスけど。今は真選組の奴等と一緒に行動を共にし、屯所に身を寄せているっス」
「屯所?随分と仲良しなこったな」
「坂田銀時の護衛かと思われるっス」
「防戦なんてらしくねェ。まったく、つまらねェ野郎だ」

高杉は持っていた盃に口を付け、酒を一気に喉に流し込んだ。

「いやー!けんど金時に怪我がなくて良かったぜよ。なぁ高杉」
「少しくれェ痛め付けられた方が良かっただろうよ。紅桜相手に手も足も出ないとは、堕ちたもんだな」
「そがなこと言っても、ありゃ誰でも手も足も出せんぜよ」

あはは、と大きく口を開けて笑う坂本は、お世辞にもこの場には相応しい人間とは言えない。

また子は怪訝に眉を寄せた。
小さな動きのどれを取っても洗練された高杉に対し、坂本は何もかもが粗放だった。
高杉にこのような知人がいることに驚いたが、高杉の酒の相手をしているということはそれなりに認められているということであり、そこにも驚かされた。

ここ最近で、一番の機嫌の良さ。
高杉のいつもの薄ら笑みも今日は違って見える。
二人の酒盛りが続けば続く程、また子は心の底に涌き出る冷たいナニカに息苦しくなっていった。
自分はこの苦しさの意味を知っている。知っているからこそ、今の自分を認めたくなかった。

「あ、そうだ。それと紅桜の件なんっスけど」

少しだけ声が震えてしまう。
普段の高杉なら、また子の変化に気付いただろうが。酒が入っている今はその心配はいらないようであった。

「暁党の奴等、動きが活発になってきてるんで調べてみたら。近く、あるモノを密輸入するとかで」
「…なるほどな。それが紅桜ってことか」
「そうっス。攘夷活動に利用するつもりなんじゃないかと」

高杉はまた子を見て、ご苦労と、笑う。その表情が思いの外優しくて。
また子は上手く笑い返すことが出来なかった。





暁党は鬼兵隊と同じく、過激派とされる攘夷党である。既に幹部の幾人かは幕府の手に堕ちたが活動は変わることなく、むしろ激しさを増してテロを繰り返していた。
幕府要人の暗殺、天人惨殺、大規模なテロ行為。鬼兵隊にも引けを取らない程の攘夷活動の数々。

決して同志という認識があったわけではないが、鬼兵隊にとってデメリットが無かった為に、彼等の行動を今まで野放しにしていた。

「紅桜を使うたァ。奴等は誰の許可を得たんだ?」
「あっはっは。許可なんていらんろう」
「ありゃあ鬼兵隊が造ったもんだ。それを似蔵が勝手に持ち出し、結果的に天人の手に渡っちまったがな」
「さては…おんし、紅桜を鬼兵隊外の奴等に使われることが悔しいのか」

坂本は悪戯に色眼鏡から目を覗かせて、高杉の顔色を窺ったが、期待していた事に反して高杉は鼻で笑うだけであった。

「また子。その取引はいつだ」
「明日っス」

これに驚いたのは坂本である。

「……あ、明日!?」
「そうっス」

しかし、また子は迷うことなく当たり前に首を縦に振った。



「うーん…そこをわし等が叩けばいいのかのう」
「おい辰馬、何か勘違いしているようだが。俺は此処を離れるつもりはねェ」
「…は?」
「俺は参戦するつもりは端からねェさ。紅桜が野郎を取り込もうが、紅桜が破壊されようが、どうでもいいんだよ」
「どうでもって…ほがな事いうねや。わし一人…いや、快兵隊を引き連れても過激派の攘夷志士共を相手に何処まで出来るか分からんき」

面白い事を言うもんだ、とまた子は始めて表情を崩した。
鬼兵隊も充分に過激な攘夷を繰り返してきているというのに、この男は自分が今何処にいるのかを忘れているのだろうか、と。

「安心しろ。後処理は手配してやる。派手に暴れてくればいいだろう」
「わしゃ……そういうのは好きじゃないぜよ」
「知り合いに幕府に通じる人間がいる。ソイツと協力でもすれば、それなりの結果が残せるだろうよ」
「そこまでするなら、おんしが腰を上げればよかろう」
「生憎、俺の腰はそんなに軽くねーのさ」

まぁ飲め、と酒をすすめられて仕方なく坂本は盃を手に取る。
高杉の表情から、酔っているのかどうかを判断することは難しかったが、しっかりと考えを巡らしているあたり、それほど酒に呑まれていないようであった。

「また子、アイツと連絡を取ってくれ」
「了解っス」
「アイツ等にとっても手柄を立てられるんだ。悪い話じゃねェだろ」

また子は早速携帯電話を取り出して、メールを打ち始める。
だが途中で、これ以上二人の邪魔をするのも悪いと思い、画面をそのままにペコリと頭を下げて部屋をあとにした。





二人の宴も酣。
坂本が高杉の隣にいる以上、自分が高杉に酒を注いでやることは出来ないし、宴に参加することは出来ないだろう。

恋は惚れたもん負けと、よく言うものだ。恋愛に見返りを求めても仕方ないが、そうもいかないのが人間である。
少なくとも、拒まれる事がないだけ自分は幸せなのだ。
いつか来てしまうであろうその日まで、もう少し甘えてもいいのかもしれないと、また子は部屋の外でメールの続きを打ち込んだ。




 
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