不始末の激情

□第八章
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夜が明けて、朝が来た。

いつも通りに新八が万事屋に出勤してきて、いつもより早起きだった神楽から昨夜の出来事を聞かされる。
早くも似蔵と接触をした事に驚いた新八だったが、銀時が暫く屯所へ身を置くと聞いて、一先ず安心したようだった。

その後三人は、質素な朝飯を済ませ、まったりと食後の時間を過ごした。
ちょっぴり甘えてくる神楽を、銀時は何も言わずに構ってやり、まだ暑さも身を潜めている時間の内に定春の散歩を三人で行った。

昼近くになって、銀時は屯所へと向かった。
なんでも、昼飯は向こうで食べた方が良いものが食べれそう、とかで。

今生の別れでもあるまいし、簡単に別れを済ませて、新八と神楽二人は源外の『からくり堂』へと足を運んだ。
少しだけ寂しいと思ったのは、胸にしまって。ここからは万事屋としての仕事である。

といっても依頼があったわけではなく、昨晩、神楽が銀時から頼まれた用事を済ます為であった。
「源外のじーさんに、紅桜用の秘密兵器でも作ってもらおう」
そんな銀時の大雑把な提案に、果たして事が上手く進むのか心配であったが、他に案もないので結局今に至る。











「こんにちわ!!」

店の外で相変わらずの作業着姿に身を包み、一心不乱にカラクリと向き合っている源外が見えた。
蝉が本格的に鳴き始める時間。
新八は負けじと声を張り上げて、挨拶をする。

「ん?あぁ…テメェ等か、ちょっと待っててくれや!これ片付けたら相手してやるからな」

源外は顔を上げたが、すぐに手に持っていた握り拳程の大きさのカラクリに視線を戻した。
















「ふぅ、終わった」

時計の長針が一周した頃。
ようやく、作業が一段落した源外が二人の前に腰を下ろす。
待たせたな、と言われタオルで額の汗を拭う姿は職人そのものであった。

「相変わらず、忙しそうですね」
「おうよ。まぁ今は特別注文が入ったんでな、他の仕事は後回しでコイツに時間かけてんだ」
「ふーん。何ですか…?それ」

そのカラクリは、平べったく丸みを帯びており、中心には穴が空いてる。まるでドーナツのような形状だ。
そこから、幾つかコードが剥き出しになっていて、カラクリだということは理解出来たが、素人目には用途がさっぱり分からない。

「こりゃあ……そうだな。テメェ等が此処に来た理由と関係があるかもな」
「え?」
「そういや、銀の字が見当たらねェが」
「あぁ……銀さんなら、屯所に行きましたよ」
「屯所?何だってそんなところに」
「昨晩、一悶着あったみたいで」





「あぁ…まさか、紅桜か?」
「…!!」
「やっぱりなァ。また変死体が上がったってんで、そうじゃねーかと思ったんだが」

源外の口から思いもよらない言葉が出てきた事に、新八と神楽は驚いた。
その二人の様子を見て、源外は顔をくしゃっとして笑う。

「言っただろう、テメェ等が此処に来ることは分かっていたんだよ。まぁ、予定よりちと早かったがな」
「じーさん、紅桜のこと何で知ってるアルか!?」
「まぁまぁ落ち着け。順を追って話してやらァ。今、冷たい茶でも煎れてやる。あ、珈琲がいいか?」

立ち上がった源外は流しに行くと、客用とは思えない湯呑みを二つ取り出して氷を入れた。
僕達はお茶でいいです、と言われ引き出しから茶葉を用意する。
源外は、そのまま此方に背を向けて話を始めた。

「巷で横行している辻斬り。あれが紅桜っつーカラクリ刀の仕業だってことは聞いてたんだよ。今、丁度弄ってる仕事の依頼主からな」
「依頼主…?それって一体誰なんですか?」
「刀鍛冶屋の鉄子さ」

「……えぇ!?鉄子さん!?」
「そうだ。聞けば、前にも紅桜とやらを使って、鬼兵隊がやんちゃしたそうじゃねーか。その時に銀の字も一緒になって暴れたとか」
「……そ、そうなんですよ。鬼兵隊の似蔵が紅桜を使い、辻斬りを起こしたところから事が始まって…幕府を転覆しようと目論んでいた鬼兵隊を銀さんが止めたんです」

源外は茶を入れた湯呑みを二人の前に置くと、髭を触りながら、うんうん、と頷いている。
どうやら全てを知っているようだ。

「それで…似蔵が銀さんへの復讐の為に、再び紅桜を使って暴れているんですよ」
「まったく厄介な話だ。その似蔵ってのは、随分しつけェ男だな」
「たぶん。紅桜の前にも刀を交えた事があるので……銀さんのこと恨んでいるんじゃないかな…」



新八は茶を口に含んで喉を潤した。
少し気持ちも整理する。

「銀さんの身が危ないということで、真選組の皆さんが護衛してくれることになったんですよ。それで、今屯所に」
「なるほどなぁ」
「あの……なんで源外さんの元に鉄子さんが来たんですか?」
「こっちはこっちでな、銀の字の命が狙われていることを危惧した鉄子から、俺に依頼があったんだよ。対紅桜用の刀を作りたいから協力してくれってな」
「つまりは全部知っていたんですね、鉄子さん…」

ならば何故、先日町で出会した時に言ってくれなかったのか。
新八には鉄子の様子は変わりはないように見えたし、紅桜の話を切り出したのは鉄子からとはいえ、確信に迫る事は何一つ聞いていなかった。
まさか、刀を打っている事を知られたくなかったのだろうか。





顎に手を置いて悩む新八の隣で、神楽は源外の前に置かれたカラクリをまじまじと眺め、こちらはこちらで悩んでいるのか、首を傾げていた。

「じーさん。じゃあ、それが紅桜に対抗できるカラクリなんだナ」
「そういうこった」

源外は自慢げに歯を見せて笑うと、カラクリを手に取り神楽に渡す。

「まだ微調整が必要なんだが、俺に出来ることは全てやった。コイツに俺の魂込めてな」
「これ、どうやって使うんだヨ」
「コイツは単体じゃ力を発揮しねェんだ。相棒がいるのさ。鉄子の打った刀がな」

ここをこうして、ここに刀を通す。
指をさされ源外に熱く説明されても、二人には仕組みがよくわからなかった。
眉を寄せて真剣な顔でカラクリを見つめる二人の姿に、源外は思わず大きく口を開け、声を出して笑う。
そして、これ以上神楽の頭から煙が昇る前にと、二人の思考を止めた。

「まぁ、仕組みと使い方については追々説明するさ」
「これ、銀ちゃん用アルか」
「誰が使っても性能は変わらねーが。ちと、扱いが難しいかもな。使うなとは言わねェが、女子供は止めといた方が良いだろうよ」
「じーさん。銀ちゃんも子供みたいなもんアル」
「はっはっは!!違ぇねェ」

後先考えないで突っ走るところ、とか。
男はいくつになっても子供なんだヨ、なんて神楽は鼻の穴を膨らませた。





「おう、そうだそうだ。テメェ等、どうせ今回も鬼兵隊が関わっていると睨んでいるんだろ?」
「?えぇ…まぁ」
「その事だが、実は今回のこの件。鬼兵隊はノータッチだ」

「えぇ!?」
「いや、完全にというわけではないがな。どうやら似蔵が勝手に暴れているらしい」

二人からの、本当に?という疑いの眼差しを払い除ける為に、源外は一つの咳払いをする。

「実は、岡田が再び紅桜と共に動き出したっつーことを鉄子に教えたのは鬼兵隊なんだと。そして、鬼兵隊に保管してあった以前の紅桜の資料を提供したのも、高杉晋助、あの人なんだよ」
「…?いやいや、それはおかしいですよ。今回の騒動は鬼兵隊が裏で手を引いてるって……」
「まぁ、俺がなんやかんや言っても仕方があるめェ。聞きたい事があるなら本人から聞くこったな」

源外はそう言って立ち上がると、もう一つ湯呑みを取り出した。
困惑している新八と神楽に、源外が顎で指したのは店先に立っていた一人の女である。

「て、鉄子さん!?」

布にくるまれた刀を、大切そうに胸に抱いて立っていたのは鉄子だった。
鉄子は二人に視線を合わせることはなく、目を反らして俯いてしまう。

源外は、湯呑みに氷と珈琲を注いでテーブルに置き、まぁ入れや、と笑って鉄子を招き入れた。









 
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