不始末の激情

□第七章
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完全に体の力が抜けた銀時に、満足げに嘲笑った似蔵。
しかし、その表情に直ぐ様影が射した。

「なんだい…いいところなんだけどねェ」

拾い上げることが難しいくらいの、小さな殺気が向けられている。
それを感じることが出来たのは、自分に余裕が出てきたからかもしれない。
似蔵は、いつの間にか自分達以外の無数の気配に囲まれていることに気が付いた。
一つ一つの殺気としては弱いものであったが、数が多く。
更にはソレ等がきちんと統率が取れているようで、一つに纏まって塊として向けられてるのだ。





「…っ!?」

カチリ。と何か機械的な音がしたと思えば、突如目の前に強い光が現れた。
視力を失っているとはいえ、光を感じることが出来る似蔵は余りの眩しさに思わず怯んでしまい、隙を作ってしまう。
猫の瞳のように丸い二つの光が路地裏を照らし出すと、似蔵の後ろに転がっていた無惨な死骸も姿を現した。

眩しい程の光の正体が車のヘッドライトである、とそう思った時には銀時と紅桜を繋いでいた触手は何者かに断ち切られ、その瞬間に似蔵の腕がグンと軽くなる感覚が走った。
斬られた触手は、痛みを堪えるかのようにスルスルと本体に戻っていき、動きを弱めて、刀の形に戻っていく。










「チッ…少し遅かったか」

ヒーローの如く二人の前に現れたのは。
先程、銀時に職務質問をしたお巡りさんこと土方である。
目眩ましに用いたパトカーの前照灯は上向き。
そのハイビームの光を背に立つ土方は、似蔵からはシルエットにしか見えないことだろう。

斬られた触手が力なく銀時の首からずり落ち、軌道が確保されたのを確認すると、土方の合図によってライトが消され、その場所は再び薄暗さを取り戻した。


「おい、起きろ!!」

土方は少し焦った様子で、ぐったりとした銀時の胸ぐらを掴む。銀時の顔は青白い。

「死んでんじゃねーぞ!!」
「……ッ…ゲホッ」

銀時の頬をペチペチ叩き、大声で体を揺すると、空気を取り込む事が出来たのか銀時はケホケホと咳き込んで目を開けた。

「あれ…なんで俺、外に……?」
「…間に合ったか」

「うわ、やべ早く帰らねーと…シャワー浴びてぇし」
「寝惚けてんじゃねェ。寝癖みてェな髪の毛しやがって」
「…あれ多串くん?なんで、こんなところに……」

掠れた声で周りを見回し、現状を思い出したのか銀時の顔色が更に青ざめる。

「!!」
「思い出したか、ったく。テメェの後をつけてきて正解だったな」

土方は銀時と別れた後、見回りの予定を変更し後をつけていたのである。
銀時に気付かれないよう、ある程度の距離を保ちつつであったが為、助けに入る事が遅れてしまった。
あと少しでも遅ければ、銀時は目を覚まさなかったかもしれない。

「アンタは…そうか。幕府の犬が……良いところで邪魔してくれたね」

あと少しというところで邪魔者が登場し、似蔵は舌打ちをした。

「岡田。テメェを連続猟奇殺人の容疑で逮捕する。神妙にお縄につきやがれ」
「ほう…アンタもなかなか腕は立つようだけどねェ。コイツの前じゃあ、犬は犬でも仔犬さね」
「言ってくれるじゃねーか。けどな、仔犬にだって牙が生えてるってことを忘れるんじゃねェぞ」

臆することのない土方に、似蔵は口角を引き上げて声を出さずに笑う。
その姿が、この暗闇を作り出している主のように見えて、言い様のない不安感や恐怖感がその場を支配した。

「あぁそうだ。良いことを思い付いた。アンタを喰えば、今までにないくらい良いデータが取れるかもしれないね」
「喰う?データ…?何の話だ」
「何かしら調べ上げているかと思えば、なんだ警察は何もしらないのかィ」

似蔵は徐々に刀の姿に戻りつつある紅桜を、愛しい我が子のように撫で上げる。

「この紅桜は、人肉からデータを盗み取ることが出来るんだよ。そいつの強さや経験値を遺伝子レベルでね。そして、そのデータを蓄積し、自分のものにすることが出来るのさ」
「…なるほどな。だから、か。気持ち悪ぃ死体ばかり残しやがって」
「何のデータもない状態から、コイツをここまで育てるのは苦労したけどねェ。苦労は報われたようだ」

「なぁ、紅桜よ」と、似蔵が声をかけると、それに応えるかのように触手をしまい、完全に元の形に戻った紅桜。
まるで自分の意思があるかのようで、刀というよりは一つの生き物として存在しているようだった。

「それで?テメェはそのデータとやらを集めて、紅桜を強化し倒幕を目論んでるってわけか」
「いいや、違う」

似蔵は、空に浮かぶ下弦の月のように、ニタリと口を変形させる。

「あくまでも俺の目的は、あの人にとっての邪魔者を消すだけ。そして、そいつに地獄の苦しみを味わわせたいってだけさ」
「あの人…?あぁ。テメーの頭、鬼兵隊の高杉か」
「ご名答」



あまり表に出すことはないが、銀時の強さを認めている土方。
似蔵は、そんな銀時を喰らい自身の力にしようとしているのかと思ったのだが、実際は私欲の為だったらしい。
高杉の為というよりは、自分の為といったところだろうか。
結局の狙いは、銀時を殺すことで自分の価値を主君に認めさせること。
そこに復讐という憎悪が塗り固められているだけである。

「勿体ねェな。その忠誠心、他に使い道があっただろうに」

今回も鬼兵隊が絡んでいることは間違いなかった。
再び紅桜を使い、江戸を火の海にでもしようと考えているのだろうか。
これは、真選組総動員で鬼兵隊の思惑を阻止しなければならない、と土方は刀を握り締めた。

全ては、無事に此処を切り抜けられればの話であるが。



恐らく、銀時はもう戦えないのだ。
隣にいる土方には、銀時の体が未だ震えていることに気が付いていた。
酸素不足からくる、痙攣だろうか。武者震いなら、いいのだがそうとも思えない。
となると、似蔵を相手出来るのは自分しかいなかった。
沖田は別の場所の見回りをしていたし、先程無線で呼び掛けても応答がなかった。
こんな時にもサボってるのか、と腹が立ったが、連絡が取れなければ叱咤することも出来ず、どうしようもない状況なのだ。











 
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