不始末の激情

□第六章
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無事に万事屋に帰ってきた面々。時刻は午後八時を回ったところ。
三人は、お登勢に預けていた定春を連れて玄関の戸を開けた。
いの一番に籠った空気に歓迎されて。神楽は靴を脱ぎ捨てると部屋の電気を付け、扇風機のスイッチを入れる。

「うひゃー!生き返るアル!!」

早速、真正面を陣取り口を大きく開いて風を全身に感じている神楽。
それに遅れて、銀時は次々と部屋の窓を開けていった。

「おい、さっさと風呂入ってこい」
「うん。銀ちゃんは?」
「俺は新八送った後に入るわ」
「わかったアル!」

神楽は和室に駆け込むと、箪笥から寝間着とタオルを取り出し、風呂場へ向かった。
先程のレストランで一時的に汗は引いたのだが、そんなのは気休めに過ぎない。
一日中汗ばんでいた身体の事を考えると一刻も早くシャワーを浴びたかった。

「ぱっつぁん行くぞ」
「あ、ちょっと待って下さい!」

新八は冷蔵庫の電気が付くことを確認すると、製氷器に水を溜めて冷凍庫にぶち込む。
そんな風呂上がりには冷たいものでも飲みたいだろうという、新八の小さな優しさを無視するように、銀時は既に玄関でブーツを履いていた。

「神楽。行ってくるからな」
「はーい。いってらっしゃいヨー」

脱衣場で服を脱いで、風呂場に入ったところで銀時の声が聞こえ、神楽は大きく返事をした。
新八の家はここからそう遠くはない為、自分が上がる頃には銀時は帰ってくることだろう。
さっさと汗を流して扇風機の前に陣取っておかなければ、と神楽はいそいそとシャンプーのポンプを手で押した。

もし、未だ電気が使えない状況ならば暗闇でシャワーを浴びなければならない。
電気がなくとも風呂には入れるが、やはり暗がりでシャワーを浴びるのは少々抵抗がある。
誰かさんとは違い、幽霊とかそういった類いのモノを怖がるわけではないけれど。
というより、その誰かさんは怖がって一人では風呂場に入れないんじゃないだろうか、と考えて神楽はクスクスと声を出して笑ってしまった。








鼻唄混じりに髪を丁寧に泡立てて、痒い部分を掻き回す。
女は髪が命と言われる程だから、と神楽は念入りに汚れを落としていった。
手を忙しなく動かしながらも、やはり次に考えるのは紅桜のことである。

「…あ、あれ?」

先程桂から言われた言葉思い出して、神楽は何か大事なことを忘れていることに気が付いた。
両手は無意識の内に止まり、みるみる体から血の気が引いていくのがわかる。

「…あぁぁぁぁ!!」

何故、自分も同行しなかったのか。何故、新八を送りに自分もついて行かなかったのだろうか。

神楽は叫び声を上げて頭に泡を付けたまま、風呂場を飛び出した。
だが、流石に年頃の娘が素っ裸で部屋に出ていくわけにもいかず、置いてあったタオルを体に巻き付ける。

「銀ちゃん、待つアル!!」

玄関まで走ったが、そこにはもう誰も居なかった。
置いてあった靴は、脱ぎ捨てられた神楽の赤い靴だけ。
既にこの家には神楽と定春しかいないのだ。

定春は何があったのかと、居間からのしのしとやって来て、キョトンとした顔で神楽の顔を覗き込む。

「定春…どうしよう。私ヅラとの約束、破っちゃったネ……」

定春の頭を撫でて、そう呟いた少女の顔は哀しげだった。












神楽は完全に油断していたのだ。
桂から『銀時を一人にしないでくれ』と言われていたのに、早速銀時を一人にしてしまった。
新八と一緒だから気付かなかったが、銀時は新八と出掛けたわけではなく、
送りに行ったのだ。
それはつまり、帰り道は銀時一人というわけで。

「うー……」

神楽は風呂場に戻ると急いで泡を洗い流した。
定春に乗って後を追うことも考えたが、いくらなんでも銀時がそんなに直ぐに行動を起こすわけがない、と自分の気持ちを落ち着かせて。

先程の銀時から、一人になりたいが為に神楽に風呂を薦めた、という思惑は感じなかったし、恐らく大丈夫だ。
そう、大丈夫。

「銀ちゃんは、たぶん。さっさと帰ってくるアル」

そう思っている筈なのに。
心の何処かで自信がないのか、自分に言い聞かせるように自然とそんな言葉が口から出てしまった。









 
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