不始末の激情

□第三章
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「銀さん、いるかぁ?」

嵐でも来たんじゃないかってくらいに、ガタガタと万事屋の玄関から音がした。
あまりに暑い陽気の為か、玄関の扉を開けっ放しにしていたもんだから、不用心だなぁと思いながらも扉を叩いていたのは、サングラスの男。

「んだよ、何の用?」

面倒だと言わんばかりに、のそっと奥から出てきた銀時は、訪ねてきた人物を見て怪訝に眉を寄せた。

「誰かと思えば長谷川さんか。言っとくけど此処に食料なんてないからね。俺達も今を生きることに必死なんだから」
「違う違う!そんなんじゃないから、今日はちょっと話があって来たんだよ」
「は…?話?そんなこと言って涼もうとしても無駄だかんな。電気通ってねーし」
「だから違うって言ってんだろ!!」

銀時達が定春の散歩から帰ってきたのは、先程のこと。
アイスを頬張りながらの帰り道は、実に有意義で足取りも軽かったのだが。
夢中で食べたアイスはあっという間になくなり、万事屋に戻って来た時には残った棒だけをかじりながらの帰宅であった。
内側から冷えた筈の身体は、すぐに不快感を取り戻し。三人と一匹は再び部屋で伸びきっていたのだ。







「なんだヨ、お前が来るなんて珍しいナ」
「あ、お茶菓子も出ないの?」
「やっぱりソレ目当てアルか」

用事があるらしい長谷川は、部屋に通されるなり新八にお茶を催促した。
冷たくはないですけど、と一言添えて出された生温いお茶を、それでも美味しそうに飲み干すと、茶菓子が出ないことに不満を感じたのか思わず本音が口をつく。

仮にも客なんだから、と騒ぐ長谷川を鬱陶しく思ったのか、新八は台所に行くと何かを皿に盛って戻ってきた。
静かにテーブルに置かれた皿に、こんもりと盛られていたもの。
それは白くて甘い、茶請け…の原料となるものだった。

「って砂糖かよ!!客に砂糖出すなんて信じられないんだけど!」
「砂糖を馬鹿にすんじゃねェぞ長谷川さん。コイツがありゃ俺は生きていける。逆に砂糖がなくなっちまえば、俺は死んじまう。万事屋では砂糖はそれだけ大きな存在なんだよ」
「銀さん、それまずい!人間としてまずいよ!」

いくら万年腹ペコの長谷川でも、砂糖の山を目の前にコレは舐めるべきなのかと迷いが生まれた。
当たり前のように置かれたスプーンが、これまた理性を失わさせる。

「で、話って何ですか」
「あ、あぁ…。そうだそうだ、依頼ってわけじゃないんだけど…」
「じゃあ帰って下さい」
「えぇ!?新八君まで!?酷いよ!ちょっとは構ってくれてもいいんじゃねぇ!?どうせ暇なんだろ?」

面倒臭そうに細められた三人の瞳からの視線を受けて、長谷川はヘラヘラと笑った。
実は長谷川が持ってきた話は、依頼でも仕事の話でもなかったのだが、暇潰しにしては大変興味を惹くものであったのだが。
そんなことはこの時知るはずもないし、三人はさっさとこのマダオが帰ってくれないかと考えるばかりであった。













「あのさ、ここ最近辻斬りが横行してるって話。知ってるか?」
「あぁ、その話…?ちょうどさっき聞いたわ、今日も河川敷で仏さんが上がったって」
「そうなんだよ。犯人探しが難航してるって聞いてさ」
「そういや、警察も手を焼いてるって言ってたな」
「そうそう。誰も目撃者が居ないとかで」

どうやら野次馬で埋め尽くされていたあの川は、長谷川が最近住みかにしている場所らしい。
水辺は暑さを凌ぐには持ってこいだと、お手製の段ボールハウスを橋の下に建設し、今夏の自分の居場所と決めたのだ。











「俺さ、その辻斬りの犯人。見ちゃったんだよね」
「…えぇ!?」

暑さを吹っ飛ばすような、内容だった。
銀時達の食い付きっぷりに気を良くしたのか、再びお茶を催促する長谷川。その向かいで、銀時と神楽は顔を見合わせていた。

「マジでか!?」
「銀ちゃん!!……実はコイツが犯人だったんじゃないアルか!?」
「あ、なるほど。食べ物に困って、いよいよ人肉を食うようになったってわけか」

お茶のおかわりを一気に喉に流し込んでいた長谷川は、二人の会話に喉を詰まらせる。

「違うよ!!なんでアンタ等は俺の話をちゃんと聞こうとしないわけ!?」
「違うアルか?うーん……確かに、このマダオがそんな強いとは思えないアル、やっぱり違う奴が犯人ネ」
「それもそうだな。そんな度胸あると思えねーし。それで…?犯人の顔は見たのかよ」
「いや…それが、顔は見てないんだよね。怖くなって逃げちゃったし」
「なんだよソレ。結局、犯人なんて見てないんじゃねーか」

急激に熱が冷めた銀時は、前のめりになっていた体を起こし、背もたれに体重を移した。
その様子を見て、長谷川は弁明するように慌てて話を始める。










やけに寝苦しかったという昨晩、僅かに人の声が聞こえて。
只でさえ眠れないというのに、と。文句でも言ってやろうかと外に出れば、二人の男が対峙する形で橋の上に居たという。
普段、誰も近寄ろうとしない夜の水辺に、野郎二人が何をしているのかと目を凝らしてみれば、信じられない出来事が起こったのだ。

「あれは…人間技じゃなかった」
「あ?」
「刀が伸びたんだよ、触手みたいにさ。それでその刀が大きくなったかと思ったら相手を食っちまった」

身体の一部を失った男は、そのまま橋から落ちたらしい。
恐らく少し流されたところで、岸についたのだろう。そこで他の誰かに見付かり、通報されたのだ。

「触手って…カラクリか何かですかね?」

不安げに声を細めた新八の言葉に、銀時は頷く。
もし長谷川の言っていることが本当ならば、カラクリでなければ説明がつかない。
辻斬りと、カラクリの刀。
この二つから、どうしても思い出されるのはあの一件だ。

「おいおい。まさか紅桜じゃねーだろうな……」
「え!?……だって、紅桜はあの時。岡田似蔵と供に銀さんが倒した筈じゃ…」
「わかんねーよ?二度あることは三度あるって言うじゃねェか。アイツがまた辻斬りを起こしてるってんなら、これ程に納得出来る答えはねーだろ」

人斬りと恐れられた似蔵。てっきり死んだものかと思っていたが、警察の発表では行方不明となっていた。つまり、可能性は無きにしも非ずなのだ。
紅桜の騒ぎから、月日が経ち。今まで体を休めていたというならば、それも納得出来る。
確証はないし、まだ辻斬り犯が似蔵と決まったわけではないが、あの男が再び活動を始めたというならば、鬼兵隊が黒幕と言うことなる。

「で?なんで俺達にそれを言いに来たんだよ。目撃した時点で警察に言うべきなんじゃねーの」

「いや、俺も一応お尋ね者だし」と、だらしなく笑って、頭を掻きむしる長谷川の手からハラハラとフケが落ちていく。
長谷川は路上生活者として、近隣住民から迷惑だと度々通報されることがあった。
だからと言って指名手配犯ほどに逃げ回っていた程ではないが、自ら警察に出向くのは抵抗があったのだ。
故に万事屋にやって来て、情報を提供したわけで。

「それに俺、犯人が言ってたの聞いちまったんだよ」
「何?独り言でも言ってたの」
「はっきりと聞き取れたわけじゃないけどさ。『まだ坂田銀時を殺す為のデータが足りない』って。そう聞こえた」
「…!!」

点と点か繋がった気がした。
間違いなく、今回の事件は岡田似蔵の仕業であろう。
データとは、つまり戦闘の経緯のことだ。人工知能を有した紅桜は、戦いを重ねることにより能力を向上させ、強くなっていく。

「銀さん、アンタさぁ。自由に生きるもの良いけど、あまり人から怨みを買っちゃうようなことしちゃ駄目だよ」

ここで、ようやくスプーンに砂糖を掬って口に運ぶ長谷川だったが、やはり甘かったのか、すぐにスプーンを置いて、お茶を流し込んでいた。












「銀さん…どうします?これって土方さん達に言った方が良いんじゃ…」
「いや。もし長谷川さんの話が本当なら…アイツ等を巻き込むわけにはいかねーだろ。野郎の目的は、間違いなく俺への復讐だ」
「でも……これ以上犠牲者を出さない為には、警察機関の力も必要だと思いますよ?……所詮、庶民の僕等が出来ることには限界がありますし、人探しは人手が多い方が良いと思いますけど」

辻斬り犯を探している真選組にとって、この情報は喉から手が出る程に欲しいものだろう。
しかし、自分への復讐の為に人殺しをしている似蔵はかなりの危険人物であり、強い。
以前、刀を交えた時も、船を破壊する程の力を持つ紅桜を止めることは簡単なことではなかった。
それに前回よりも力が増していることも考えられる。

「土方さん達だって、戦闘のプロですし…」

銀時の考えを汲み取ってか、新八は言葉を付け足した。
銀時だって、早くこの事件を終わらせる為には、自分達の力だけでは無理だと感じていた。
人探しなんて生温いものではないけれど、特定の人間を追い詰めるには、人手がモノをいう。
それに、いずれせよ真選組も犯人が似蔵であると突き止めるに違いない。

「しゃーねぇ、出掛けるか。…けど、余計なことは言わねーぞ。これ以上、面倒事を大きくしたかねェし」



銀時は立ち上がると台所へ行き、コップに水をなみなみついでソレを一気に飲み干した。
いつの間にか、喉は渇ききっていて。
いつもなら糖尿病を疑うのだけれど、今日は暑さのせいだろうと、そう思いながら。








 
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