不始末の激情

□第二章
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時間は少しばかり遡る。




「銀ちゃん、死ぬアル。暑さで死んでしまうアル」
「うっせぇ、しゃべんじゃねーよ。こういう時はジッとしてるのが一番なんだよ」

重力に逆らうこともせずに、ぐったりとソファに身を預けているのは、銀時と神楽だ。
銀時は背もたれに両腕を回し、天を仰ぎっぱなし。だらしなく足は開いている。
一方の神楽は俯せになっていて。片足と片腕をダラリと垂らしていた。


此処、万事屋でも異常な暑さが猛威を振るっていて。
只でさえ、エアコンを買うか買わないかと毎年悩み。夏といえば、暑さにやられていることが定例なのだが。
ここにきて停電ということもあって、頼みの綱である扇風機が動かないとなると、最早二人は呼吸をするのも鬱陶しくなってきていたのである。

「今年はエアコン買うアル。絶対に買うアル!!」
「暑苦しいぞ神楽、大声出すんじゃねェ。第一、停電してんのに扇風機もエアコンもあるか」

神楽は膨れっ面で、目線をゆっくりと銀時に動かしたが、相変わらず銀時は天井を見ていて、視線が合うことはなかった。
普段は自由に跳ね回っている白髪は、何処か元気がなく。喉仏に一筋の汗が伝っていくのが見えた。

「電気がなきゃ、テレビも見れないアル。ドラマも見れないアル」
「洗濯機も…冷蔵庫も使えないしね」

新八は台所へ行き、冷蔵庫の扉を開けるも、当たり前のように明かりが付くことはなく冷気も流れてこない。
だが、不幸中の幸いと言っていいのか、冷蔵庫には元々腐るような食料は入っていなかった為、万事屋の主婦担当こと新八は焦ることがなかったのだ。
今現在の万事屋には、砂糖と塩と生米。あとは僅かに残っている醤油しかない。
飯は電気がなくとも炊くことは出来るし、食料の心配はしなくてよさそうだ。
と、言うよりも別のことを心配した方がいいかもしれない。

「なんでこんな暑い日に停電してるアルか!!なんかイライラしてきたネ!!」
「あぁ…もう!!うっせェって言ってんだろ!!オメェは定春の散歩でもしてこい!!」

ここでようやく、銀時がカクンと頭を戻し、いつもよりも瞼が下がった瞳で神楽を見据える。

定春は主人に名を呼ばれ、耳を僅かに動かしたが体は伏せたままに、
大きな口中のピンク色の舌を上下させるだけであった。
いくら暑くとも、毛皮を脱ぐことが出来ない動物は、さぞかし苦しいことだろう。
いっそ、丸刈りにでもしてやろうか。と神楽は思った。






「テレビが見れないとなると…復旧の目処も分かりませんね」

新八は、うちわを扇ぎながら銀時にも微風を送る。
しかし、銀時はいよいよ座っていることに怠くなったのか、目の前のテーブルに突っ伏してしまった。
神楽がからかうように「返事がない。ただの屍のようだ」なんて、言ってみても顔を上げることはなく。

「…生きてるっつーの」

とだけ、小さな声で返す始末である。

暑苦しいというよりも、重苦しくなってきた空気に部屋が支配され、これはどうしたものかと新八は茹で上がりそうな頭で考えた。
電気がいつ復旧するかわからない以上、夜の備えも必要であるし、昼間に出来ることはしておかなければならないのだが。
こんな空気では、彼等は微塵も体を動かそうとしないであろう。
ならば、

「そうだ!みんなで散歩に行きましょうよ!室内にいたら気が可笑しくなっちゃいますし、風がある分、外の方が快適かもしれませんよ!?」

新八は我ながら、なかなか良い提案だと思った。
ここのところ、定春の散歩は分担してやっていたし、三人と一匹で出掛けることは久し振りだったからだ。

だが、銀時はその良案にもウンともスンとも言わず、体を突っ伏したまま起こそうとしなかった。
汗でぺったりと背中に貼り付いたインナーが、なんとも物悲しい。
最早その姿は、仕事に疲れた休日のお父さん状態である。

別に遊園地に連れてってくれ、なんて言っていないのだけれど。
新八の口からは、自然と溜め息が出てくる。この男は近場であろうが何だろうが、どうしても此処から動きたくないらしい。











「じゃあ……定春の散歩がてら、アイスでも買いに行きますか」

あまりお金は使いたくなかったが、このまま今日一日を過ごすのはどうだろうと、効き目がありそうな言葉を口にする新八。
アイスと言う単語を聞き、勢いよく顔を上げた銀時に、あぁコレが正解だったか。と思わず苦笑した。

「どこも停電してるから店なんかやってないヨ」
「うーん…でも外に行けば、どのくらいの範囲で停電しているのか分かるし、歩いてれば依頼の一つでも転がってるかもよ?」
「新八。お前のその恐ろしいくらいのプラス思考は何処からくるんだヨ」

な、銀ちゃん。と神楽が銀時に同意を求めたが、既に銀時は部屋から居なくなっていて。
何処に行ったのかと思えば、玄関で一人、いそいそとブーツに足を入れてる最中であった。
既にこの男の頭の中は、何のアイスを食べようかで埋め尽くされていることだろう。

「…え、なんか言った?」と振り返る銀時の顔が、小さな子供のように見えて。
遊園地に連れていくのは、こちらだったのかもしれないと、二人はクスりと声を漏らして笑い、しかし何処か飽きれ顔で銀時の後に続いた。







 
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