不始末の激情

□第十七章
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「…っ!?」

ホッとしたのも束の間。
突如として、ギリリ、と皮膚を持っていかれそうな痛みが、桂を襲った。

「貴様…!!」

痛みは首のあたり。
あまりに激しい痛みに、桂は視線を落とす。
目の前には変わらず雨に濡れた白髪があるだけだが、桂の顔が心ともなく険しくなった。

驚いたことに、銀時が首に噛み付いてきたのだ。

思わず桂は身体を離し、銀時を突き放した。
肩に刺さったままであった触手がずるり、と抜けて傷口から鮮血が溢れ出す。更に遅れてやってくる、首の痛み。
指で肌をなぞると、こちらからも血が流れており、僅かに肉が取られたと分かった。
噛み付かれた、というより。抉られた感覚に近いだろう。

「……血だけじゃ足らんとは。腹が減ってるのか」

銀時は崩れた体勢を直して、低く笑うだけだった。
赤い瞳は未だ不安定に揺れたままで、落ち着かない。
興奮状態なのだろう。紅桜は脳内麻薬も作り出すらしい。





限り無く過去の空気を纏って、二人が相対する。
恐怖と不安と、少しの高揚。目的を成し遂げる為の決意と、嘲笑する化け物。思い出したくもない曇天。
すっかり戦場と化したビルの屋上で、桂は何かないかと、右へ左へと視線を流し周囲を探った。
しかし、当たり前に期待出来るものもなく。視線は直ぐに化け物へ戻る。

紅桜の被害者は皆、身体の一部が無かったが、銀時自身がその行為を始めてしまえば、完全に紅桜と一体化してしまったと思うよりほかなかった。
その身体を操っている本体は、バチバチと火花を散らしているものの、残念ながら今の一撃が決定打にはならなかったようである。

紅桜にはコアがある、と桂は知っていた。これも攘夷党の力で調べたものだが。どこにソレがあるかまでは分からなかった。
銀時が元に戻らないところを見るに、どうやらコアの破壊に失敗したらしい。
では、次で仕留めるか。
だが次も失敗しようものなら、命の保証はない。
相手にダメージを与える為に、此方も同様に傷付く戦法は効率が悪すぎる。かと言って、紅桜の動力切れを待っていたらいたで身体がもたない。










この時、桂は完全に油断していたのだ。
戦いの最中で考えを巡らせるなど愚の骨頂だというのに。
銀色が揺れ、空気さえも振動し、そこで桂はハッと我に返る。
異様な気配に刀を構えたが。すでに手遅れであった。

奇声染みた笑い声を聞いたあとで、腹にドスンと衝撃があり、これは銀時に体当たりでもされたのか、と困惑する。

「……銀、時?」

急激に心臓の音が早くなる。冷たい血液が全身を駆け巡り、かと思えば腹に熱が集まる。
体当たりなんて生温いものではなかった。





紅桜が、桂の腹を貫いていた。
銀時は身体を低く落とし、両手で構えた紅桜で、桂の身体を深々と突いている。

桂の視界が急激に狭くなっていった。
僅かに掠れた声で、何とか名前を呼んでみる。
すると、胸のあたりにあったモノが、ゆっくりと顔を上げた。



銀時の不気味に赤く光る瞳は、淀み。闇に溺れていた。
その色で。
銀時は、獲物を捕まえた獣のように、愉しそうに桂を見上げていた。






 
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