ツバサ・クロニクル

□高麗国
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次の国へ

――相性は最悪だけれど。
落ちていく。市場のようなものが見えた。
落下を止めようとして、とっさに術を使おうとした瞬間。

――全身に走った激痛に、体が強張った。


『……っぅ!?』


力がおかしい。
頭に浮かんだのは


(相性が悪い国……!?)


考えたくない結果だった。
落ちた。


「ああー?次はどこだ?」

『………っ』


そんな黒鋼の声に、反射的に答えようと口を開き――すぐに閉じた。
喋るどころの話ではなかった。
頭が割れそうに痛み、眩暈さえする。

こんな状態での会話で、痛みを孕んでいることを気づかずにいるほど彼は鈍くはないのだ。


「わー、なんだか見られてるみたいー」

「モコナ、注目の的ー!」

「なんだこいつら!どこから出て来やがった!!」


突如現れた旅人に周囲はざわめき、男がサクラの腕を乱暴に引いた。

その勢いにあの華奢な腕が折れてしまわない、

か、

と、


「お」

「あ」

「わv」

『……え?』


……不安に思う暇もなかった。
頭の痛みも治まりそうなルナが見たのは、小狼が男を蹴り飛ばす瞬間だった。

――違う意味で頭が痛い。
長い距離を吹き飛ぶ男。
小狼が発した蹴りの勢いを思わせるには十分なその距離にルナが引きつった笑みをこぼした。


「……あっちゃ〜」


彼が羽根を持っている者だったらどうするのだろう。
その予感は外れはしなかったけれど。


「おまえら!誰を足蹴にしたと思ってるんだ!?」


この後、最悪の形で当たることとなる。
ただそれを知る由もない今のルナの瞳に写るのは、


「やめろ!!」


凛とした声を響かせた一人の少女だけだった。
屋根の欄干に足を掛け明瞭な言葉を叫ぶ姿は見るからに、


『お転婆娘?』

「……ちょっと違わないか?」


今度は小狼が引きつった笑みを漏らし、ルナはその隣でこてんと首をかしげた。



「誰かれ構わずちょっかい出すな!このバカ息子!!」

「春香!!」


嘲弄の言葉に返った怒号に彼女の名前は春香らしい、と思案する。

この国についてすぐの状況で安易に考えるのならば彼女のほうが“いいもの”だろう。

………まあ、幼い少女だからといって信じられるほど私は善人ではないのだけれど。
ひどく皮肉化な笑みを浮かべてルナが一人空を見上げて呟いた。

――嗚呼、空が綺麗。


「誰がバカ息子だ!!」

「おまえ以外にバカがいるか?」


わざとらしくきょろきょろと辺りを見回す少女。
その仕草は挑発せんばかりのもので、それに男は顔色を変え、また怒鳴った。


「このー!」

「失礼な!!高麗国の蓮姫を治める、領主様のご子息だぞ!」

「領主といっても、一年前まではただの流れの秘術師だったろう」


きゃんきゃんと吠える犬のようだ、ああけれど犬のほうがよほど愛嬌があるかななどと相当毒のある事項を考えていたルナが眉を上げる。

一年でそんなに力が大きくなるものなのか。

短い時の中で力を与えるものに、ルナは、旅人は心当たりがあって。


(サクラの、羽根……?)


微かにルナが目を細めた。
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