3部
□頭でなく心で
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ゆっくり目を開くと、目に入ってきたのは見慣れない部屋。
カーテンの向こうでは朝日が昇り始めているようで、でもまだ部屋は薄暗かった。
ここはどこだ?今何時?
ななしはまだ完全には開き切らない目を必死でこじ開けながら、ケータイを探すためにベッドから体を持ち上げた。
その時、何か違和感を感じた。いや、違和感を感じたというかいつも感じているはずの感覚がなかった。
まさかと思いつつ恐る恐るかけていた布団を持ち上げると、案の定ななしは裸だった。
(えぇぇぇぇ!!!!)
ななしは驚きのあまり声も出ずに、ただ目を見開くことしかできなかった。
ななしは脳内をフル稼働させていったいどういった経緯でこの状態に至ったのかを思い出そうとするが、なかなかに思い出せない。
パニック状態でキョロキョロと辺りを見渡していると、すぐ隣で横になっている男の背中が目に入った。それは、今まで気付かなかったのが不思議な程、大きく逞しい背中だった。
『承太郎……?』
ななしは承太郎の裸の背中を直接見たことはなかったが、その後ろ姿から彼を想像することは容易だった。
「あぁ、起きたのか」
『うん……それより…!』
話を切り出そうとすると、承太郎は首だけでなく体ごとこちらに向けてななしをじっと見つめてきた。まっすぐ向けられた承太郎の瞳はあまりに美しくて、ななしはそれ以上言葉が続かなかった。
というのも、友人としてそれなりに付き合いの長い二人であっても、こんなふうに二人きりでじっと見つめ合ったことなどなかったからだ。
まるでそのエメラルドグリーンの中に飲み込まれ、時が止まったようにななしの体は動かなくなった。
そしてななしはその瞳に捕われたまま、こいつは本当に綺麗な男だなとなぜか今更になって静かに実感した。
「それより…なんだ?」
『あ、あぁ!なんで私たち…裸なの、かなって…』
「てめェ、何にも覚えてねぇのか?」
『だから聞いてるんだけど……』
ななしが歯切れ悪くそう言うと、承太郎はあからさまにため息をついた後、少し寝癖のついた髪をかきあげた。
「俺がお前を抱いたんだよ」
『え……嘘、でしょ…』
「ここで嘘ついてどうすんだよ」
『だって…私たち友達じゃん…』
「……」
沈黙が続いた。
ななしはずっと友人だと思っていた承太郎と一線を越えてしまったと聞いて衝撃を受けた。
すぐさま承太郎の言葉を否定しようにも、昨晩のことをまったく覚えていない自分に失望した。
黙り込む承太郎も詳しい経緯は話す気がないらしい。
でもまだ間に合う、ここで軌道を修正すればまた友人に戻れる。
ななしはそう思った。
『…ねぇ、このことはお互いに忘れない?』
「……は?なかったことにすんのか」
『でないと私たち友達じゃいられない…!絶対そっちの方がいいと思う』
「………んな」
『え』
「ふざけんなって言ってんだよ!!なかったことになんて出来るわけねぇだろ!」
ななしはいきなり声を荒げた承太郎にひどく驚いた。そしてそれと同時に、自分がなんて無神経なことを言ってしまったのかとその無責任さに後悔した。
自分は承太郎を傷つけてしまった。
ななしはごめんなさい…、と涙ぐんだ声で謝りながら顔を俯けることしかできなかった。
しかし、ななしの耳は承太郎のか細い声を辛うじて拾っていた。
「ずっと惚れてた女をやっと抱けたんだ。…なかったことになんてしてたまるかよ…!」
しぼりだすように発せられたその声にななしが顔をあげると、目の前には顔を真っ赤にしてこちらを睨み付ける承太郎がいた。
「ななしが俺のこと何とも思ってねぇのはわかっていた。だが俺はずっとお前が好きだったんだ」
『え……う、ん』
「……迷惑か?」
承太郎はそう言って再びななしをじっと見つめながら、ななしの髪を優しくすいた。そして毛先に指先が触れた時、承太郎はくしゃりとその髪を握り締めた。
ななしはその瞳から伝わってくる熱情に耐えられなくなって目をそらそうとするが、承太郎はそうはさせない。
そしてななしは理解した。
このエメラルドグリーンの瞳からはもう逃げることなんてできない。