3部

□どうか傍にいて
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いつものように承太郎と一緒に見慣れた道を帰る。どちらからということもなく、なぜか自然とそういう形になるのはさすが幼なじみだからだろうか。

先生に寝てて怒られただとか、宿題忘れただとか他愛ない会話をしながら歩いていると、偶然買い物帰りのホリィさんと出会った。

ななしちゃん久しぶりね!!、なんて飛びきりの笑顔で言われたら、そりゃあ顔も緩んでしまう。なんて可愛いお母さんなんだ。


途中いつも私と承太郎が二手に別れる道に差し掛かる。



『じゃあね承太郎、ホリィさんも会えてよかったです。さようなら。』

「えー!帰っちゃうの?うちでご飯食べていけばいいじゃない!ななしちゃんのおうちには電話しとくわよ!」

『いやぁ、悪いですよ…。』

「せっかく久しぶりに会ったんだから遠慮しないで!」



まったく引き下がる様子のないホリィさんに、目線で承太郎に助けを求めると承太郎は目も合わせることなくそっぽを向いていた。

この薄情者、とも思ったがホリィさんの気持ちは嬉しかったので、お言葉に甘えることにした。






「ご飯できるまでちょっと待っててね!腕によりをかけて作るから!!」

そう言って腕を捲り上げるホリィさんはとても張り切っていた。その好意は本当に嬉しかったし、ホリィさんの久しぶりの手料理が楽しみだった。


承太郎は家に着くと自分の部屋にカバンを投げ込み、そのまま真っ直ぐ縁側へと向かっていった。

お互いに小さかった時も、承太郎は縁側のこの場所に座るのが好きだった。
夏には一緒にスイカを食べたり、花火をしたりしたのが懐かしい。



今は秋。縁側に座るには少し肌寒いような気もしたが、なかなか座らない私にチラッと視線を送られると、承太郎の隣に腰を下ろした。

冬が近づいてくると日がどんどん短くなってくる。まだ夕方だと言うのに、辺りはもう暗かった。
太陽のいなくなった空には、月が光り輝いていた。寒くなると月が本当に綺麗に見える。

私が何もすることもなく、ただ月を見ていると横からおい、と声をかけられた。




『どうしたの?』

「家に来て大丈夫だったのか?」

『大丈夫、大丈夫。ホリィさんの手料理も久しぶりに食べたかったし私的にはラッキー。』

「お前ぇのそういう所は相変わらずだな。」

『誉め言葉として受け取っておくよ。まぁそれに比べて承太郎はこんなになっちゃって。』

「こんなとは何だ。」

『中学生くらいまでは可愛かったなぁなんて。』

「……次そのこと口にしたらぶちのめす。」

『あはは、ごめんてば!!』



隣を見ると珍しく承太郎も笑っていた。

2人の笑いが収まると、再び沈黙が流れた。するとまた自然と私の視線は上に向う。



『月綺麗だね。』

「あぁ。」

『東京じゃあさ、星とかあんまり見えないけど、砂漠とかだと瞬いて見えるらしいね。』

「あぁ、カイロの夜空は本当に綺麗だった。こんなのとは比べものにならねぇくらいに。」



承太郎が承太郎のおじいちゃん達とカイロに行っていたのは知っていた。必ず帰ってくる、そう言った承太郎の目は何か覚悟をしている目だった。何をしていたのかは教えてくれなかったから、無理に詮索するなんて野望なことはしない。


でもただ一つ言えることは、カイロから帰ってきた承太郎の雰囲気が変わっていた。大人というか、なんというか。まるで悟りを開いたかのように、纏う空気が違っていた。

初めはそんな空気に気圧されてぎこちなく接していたけど、また笑いながら隣に並んでいることができて嬉しかった。




「俺はあの旅で色んなものを失った。もう戻ってはこねぇ。」

『うん。』

「俺はもう誰も傷つけたくもねぇし、失いたくもねぇ。」

『うん。』

「お前は、ななしは俺の前からいなくならねぇよな。」

『いなくならないよ。ずっと傍にいる。』

「あぁ。」




隣で承太郎が学帽を深くかぶりなおした。

思い出したら胸くそ悪ぃ、そう言って突然私の膝の上に頭をのせて来た。所謂膝枕って奴だ。
顔は見せる気はないらしく、学帽を顔の上にのせていた。だから私は少しだけ見える承太郎の髪の毛を撫でていた。



しばらくそうしていると、縁側にホリィさんがご飯できたわよ、と呼びに来てくれた。
私達を見て口に手を当ててあら、と言うホリィさんに私は顔面が熱くなった。



承太郎ご飯だって、と寝ているであろう承太郎を起こそうと顔にのせてある学帽に手を伸ばす。
その瞬間、伸ばした手が承太郎によって掴まれて学帽の隙間から見える緑色の目に捕らえられた。




あともう少し。
承太郎の弱々しいその声に、私は従わざるを得なかった。







 

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