「あら、承太郎くん。ってどうしたのッ!?」
「体育で顔面にボールが当たったらしい。」
「それじゃあ、ベッドに寝かしてあげてちょうだい。」
人に指示されて動くような承太郎ではないが、この時ばかりは先生の指示に従っていた。
承太郎が先生に治療されるななしをベッドの横の椅子に座りながらみつめていると、先生が承太郎に振り返って言った。
「もう大丈夫みたいだから、授業に戻っていいわよ。寝不足だったみたいで、ななしさんぐっすり寝てるみたいだし。」
「いや、こいつが目ぇ覚ますまでここにいる。」
そう言ってそこを動きそうもない承太郎にクスッと笑う先生に、承太郎は眉間にしわを寄せたが、「じゃあ任せたから、私は職員室にいるわね。」と言って先生は保健室を後にした。
二人っきりになった保健室で、承太郎はななしの寝顔を見ていた。
普段はあんなに生意気なななしが倒れていたもんだから、あの時は承太郎と言えども少しは動揺した。
保健室に連れてきたのだって、考えるよりも体が動いたって感じだった。
ななしを抱き上げている間も、ななしが予想よりもずっと軽くて承太郎は不覚にもドキッとした。
ななしの顔に拭かれはしたがうっすら残っている鼻血の跡を見つけた承太郎は、指でそれを取ろうとしたが、その時ななしが寝返りを打った。
あまりのタイミングの良さに、承太郎は思わず笑みをこぼし、そして、しばらくの間ななしの髪に指を絡ませてその感触を楽しむように、頭を撫でていた。
キーンコーンカーンコーン
その下校時刻を知らせるチャイムにななしは目を覚ました。
ふと横を向くと、ベッドの側で椅子に座り腕を組みながら首をこくこくさせて寝ている承太郎が目に入った。
『じょう……ッ!』
その瞬間、ガラガラと扉が開く音がしてななしはわけもなく咄嗟にベッドの中に潜り込んだ。
そして聞こえてきたのは先生の承太郎を起こす声だった。
「承太郎くん、もう下校時刻だから自分の荷物とななしさんの荷物を教室から持ってきてちょうだい。」
「あぁ。」
承太郎は寝ぼけた様子で答えると、先生はほほ笑みながら言った。
「承太郎くんってななしさんのことになると、人が変わるわよね。」
「なに言ってんだ、このアマ。」
「いつまでも素直にならないでいると、一生気付いてもらえないわよ。」
「…うるせぇ、放っておけ。」
そう言って承太郎が教室に荷物をとりにいくと、先生がななしを起こした。
いくら鈍いななしでも、あんな会話を聞いていればさすがに気付く訳で、ななしの顔は真っ赤になっていた。
「その様子だと話聞いてたみたいね。」
『いや…、その……。』
「承太郎くんにあんまり我慢させちゃダメよ。」
クスクス笑いながらその場を去っていく先生を目でおっていると、入れ違いに保健室にやってきた承太郎と目に入った。
「おい帰るぞ。歩けるか?」
『うん、大丈夫。ありがとう。』
「なんかお前、顔赤くないか?熱でもあんのか?」
『なっ、なんでもないからッ!!』
首を傾げて不思議そうにななしを見つめ、おでこに手をあてる承太郎。
自分の気持ちに気付くまであともう少し。
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