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□2013.03
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「待てって!」

多くの観光客で賑わいを見せるヴェネツィアの広場にある男、シーザーの声が響く。

男の目線を辿ってみると、そこには今にも泣きだしそうに顔を歪めた女が必死で人混みをかきわけながらその男から逃げている姿があった。

体格や歩幅から考えて、そこが普通の道であれば男は女にすぐに追い付くことができただろうが、ここは観光地ヴェネツィアの中心街。
人がごったがえっていて容易に追い付くことができなかった。

逆に言ってしまえば、男よりも体の小さい女の方が人と人の隙間をぬってより前に進むことができるのかもしれない。
しかし、男は追い掛けるのをやめようとはしなかった。


だんだんと2人が広場から遠ざかっていたその時、女の履いていたヒールが石畳の隙間に入り込んだようでその女は突然転んでしまった。

片方のハイヒールは道端に投げ出され、女はもう片方のハイヒールだけを履きながら道端に座り込んだ。女はそのまま顔を上げようとはしなかった。

男は女がもう逃げる様子のないのを見て、走っていた足を止め持ち主を失ったそのハイヒールを手に取って女に近づいた。


「…違うんだ。お前の見間違いなんだよ」

『……知らない』

「見たんだろ?俺が他の女の子と…」

『言わなくていいよ!!……もうわかってるから』


こちらに背中を向けているために女の表情は見えないものの、男は女がどんな顔をしているのか悠に想像できた。


『私、からまわってばっかりじゃん…!いつもより少し高いヒール履いてお洒落したって、シーザーの周りにいる子たちには適わないし、その子達といるほうが楽しそうじゃない』

「……そんなこと」

『自分がすごく惨めに感じて、…もううんざりなんだよ』

「……」

『……ごめん、お願いだから別れて』


女の声が明らかな涙声に変わると、男は女の正面に回り込んで片膝を折ると出来るだけ目線を同じ高さにした。


「俺はお前とは別れない」


思わぬ男の返答に、女は顔を上げると目の前にはじっとこちらを見つめる男の顔があった。


『!なんで…』

「それは俺がお前を愛しているからだ」

『嘘だ!そんな嘘つかな…』


そんな嘘つかないでよ、と叫ぼうとした女の唇は男によって既に塞がれていた。
しばらくして名残惜しそうに互いの唇が離れると男は再びじっと見つめた。


「俺は1人でいる女の子を放っておけないたちなのはわかるだろう?」

『そうは言っても他の子とキスまですることないじゃない』

「だから見間違いだと言ったんだ。俺はさっき女の子の目に入ったゴミをとってあげていただけさ」

『……嘘』

「俺はお前に嘘はつかない。他の女の子と仲良くしたって、俺が愛してるのはお前だけなんだ。後にも先にも」

『……』

「信じてはくれないか?」


そう言って眉を下げる男に、女は勢いよく抱きついた。しかし男はその勢いで押されることも倒れることもなく、女をしかと抱き寄せた。


『私、女の子に優しいシーザーも大好きなんだもん…。そんな言い方ずるいよ』

「寂しい思いさせて悪かった。もっとお前を大切にする。だから俺から離れていくな」

『私がずっとシーザーの一番だからね…』


あたりまえだろ、と言って男と女は先程よりも深く唇を重ね合わせた。

そして男が脱げていた方のハイヒールを女に履かせてやると、今度は2人しっかりと腕を組んで歩きだした。

また石畳で転ばないように。




 

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