『こんにちは…。』
「いらっしゃいマセ。…おやおや、今日はどうかしマシタカ?」
『いつものミネラルウォーターください。』
「ワカリマシタ。チョット待っててクダサイ。」
そういってトニオは厨房へと向かっていき、グラスに注いだ水の中に彼のスタンドであるパールジャムをいれた。
ななしはスタンド能力はないものの、スタンドという能力の存在は知っている。
だからこうして、トニオのスタンドを頼りにして度々店にやってくるのだ。
なぜわざわざななしがトニオのスタンドに頼っているかというと、それはズバリ恋煩いだった。
しかもその相手は学校一格好よくて、学校一モテると言っても過言ではない仗助だった。
そして幸運にもななしの現在の席は、仗助と隣の席という学校の女子であれば誰もが憧れるポジションだった。
しかしななしにとってそれは重荷でしかなく、家でも、隣の席が仗助だと考えるだけでドキドキして夜は眠れないし、かといって学校でも隣に好きな人がいるのに授業中に眠ることなんて絶対に出来ない。
というわけでななしは極度な寝不足に陥っていた。
馬鹿らしい理由だが本人にとっては大問題だった。
「ななしサンは考えすぎナンデスヨ。モットラクにしていいと思いマス。」
『わかってるんですけど、体は正直というか、何と言うか……。考えないようにすればするほど、また思い出しちゃうんです。』
「話しカケタリはしたンデスカ?仲良くなるチャンスじゃナイデスカ。」
『あっちからは時々あるけど、まともな受け答えも出来ないです。』
「ウーン、そうデスカ……。」
ミネラルウォーターを飲むと自然と出てくる大量の涙を、ななしはハンカチを目に押しつけてハンカチにしみ込ませる。
その涙は条件反射的なもので、普通は嗚咽などは生じない。
しかしトニオはその時のななしの言葉から、確かにそれが聞こえた。
ななしはスタンドによる涙の中で、本当の涙を流していた。
必死でハンカチを口に押さえ付けて嗚咽を止めようとするその姿は、あまりにも健気で痛々しかった。
「ななしサン。」
いきなり沈黙の中で名前を呼ばれたので、咄嗟に顔を上げるとそこにはトニオの射抜くような鋭い目線があった。
『な……、なんでしょうか?』
いつもとは違うトニオの雰囲気を感じ取り、ななしは恐る恐る返事をする。
するとその時トニオがななしのハンカチを持つ手を握って、自分の方へ引き寄せた。
「女のコは、好きな人以外のオトコの前で泣いちゃいけないンデスヨ。」
『っえ……?』
「黙ってマシタが、私はずっとななしサンのコト好きだったンデス。アナタが仗助サンを好きになる前カラ…。」
『う…そ……。』
「ウソなんかじゃあアリマセン。アナタの幸せを思って、今まで応援してマシタガ、それももうヤメデス。」
『ッ……!!』
「ワタシはアナタが好きです。
はっきりと言ってしまえば、何でも考えすぎてしまうななしサンならワタシのことずっと考えてくれるンデショウ?」
『そっ、そんなこと…。』
「チョット大人気ないやり方でスミマセン。……デモ、ワタシを本気にさせたななしサンも悪いンデスヨ。」
触れ合いはしないものの、顔を徐々に近付けてくるトニオにななしは顔を真っ赤にすることしか出来なかった。
我慢できなくなったななしはさよならッ、と言いながら走って店を出てしまったが、トニオの顔には満足そうな笑みが零れていた。
ななしがまた違った要件で、トニオの店に訪れることになるのはそう遠くない未来だろう。
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