「なぁぼくたち結婚しないか?」
『えっ?聞こえないッ!これ洗ってからでいい?』
夕食後キッチンで後片付けをしていたななしに、リビングでテレビを見ていた露伴は言った。
「ダメだ。今じゃなきゃ。」
何を言われたのかわからなかったななしは振り返って、露伴のいるリビングの方に目を向けると目の前に露伴がいた。
ななしの未だ泡のついた左手を掴んで、真っ直ぐ目を見て再び言った。
「ぼくと結婚してくれないか。」
ななしは驚いて目を見開いたと思うと、すぐに瞳を涙でいっぱいにした。
『…ッ、そんな言葉…一生聞けないと思ってた……。』
「なんでだ?」
『だって、高校の時………。』
ななしと露伴が高校生だった頃に遡る。
その頃からマンガ一筋だった露伴は周りからも一線置かれていて、逆に言えば見下されているようだと嫌う生徒もいた。
しかし、奇抜な性格とは裏腹に整った顔の露伴はひそかに女子からの人気があった。
そしてななしは露伴の幼なじみであり、露伴のことがずっと好きだった。
周りの女子は露伴に好意を持ちつつも話しかけることもできずに影から見るしかなかったが、ななしは幼なじみとして露伴にとって一番近しい女子だった。
それは周りの人も認めていたし、ななし自身もそう思っていた。
「ねぇねぇ、学年で一番かわいい早川さんが露伴君に告白したらしいよーッ!!」
「嘘ーッ!!私ちょっと好きだったのに…。まぁどうせ露伴君のことだからいくら早川さんでも振られるでしょ!!」
「そうだよ。露伴君が誰かと付き合うなんてありえないしさ。」
朝からこんな話を耳に挟んで、ななしは気が気ではなかった。でもそうはおもっても、どこか露伴は振るだろうと安心していた。
そして教室にいた露伴の所へ駆け寄り、そのことについて質問した。
『昨日早川さんに告白されたんだって?どうせ振っちゃったんでしょ?もったいないなー。』
「いや、告白は受けた。」
『えっ…、じゃあ早川さんと露伴付き合ってるの…?今。』
「まぁ形式的にはそうなるのか?」
ななしは唖然とした。
それはまさか露伴が誰かと付き合うだなんて思ってもみなかったことだったから。
自分が一番露伴に近い女子だと優越感に浸っていたのを、思い過ごしだと気付かされたから。
そしてこんな間接的に失恋を知らされるとは思っていなかったから。
いろんな思いが交差して、泣きたい気持ちを堪えてその場では取り繕った笑顔を見せた。
「ななし、最近露伴君と仲良くないよね?今まで一緒に帰ってたりしてたのに。」
『だって、あいつもうあんなに可愛い彼女がいるんだから幼なじみの私がでしゃばっちゃダメでしょうが。』
「でもななし、露伴君のこと…。」
『あーッ!!それ言っちゃダメ!
もう露伴なんて好きじゃないからさー。』
「本当にいいの?」
『うん、いいのいいの。逆に幼なじみとしてあいつの世話しなくて済んでせいせいするわ。』
「………。」
友達の前でもななしは強がっていた。
そして露伴への未練を断ち切るために、露伴を避けるようになった。
「おい、ななし。今日ぼくの家に来いよ。また新しくマンガが描けたんだ。読みにこないか?」
『無理、用事あるから。』
「じゃあ、いつなら来れるんだ?」
『もうずっと来れない。そういうことだからじゃあね。』
毎日こんな態度を取るななしに、露伴の苛立ちは日に日に増していっていた。
そしてある日。
露伴は早川と一緒に帰っている時に、ちょうどななしに出会った。
ななしは、目があった瞬間に目をそらし走ってその場を離れようとした。
しかし、それは露伴がななしの腕を掴んだことで妨げられた。
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