とある伍長の日記帳
□Prologue
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−−“彼”が敵軍指揮官へ放った怒声で周囲の将兵が怯む。
だが数多の敵将兵が作る分厚い壁は破壊できそうにない。
そして−−生き残る事も出来そうにない。
「……ふふっ…」
もはや“彼”は関へ退却する事は叶わぬだろう。
そして敬愛する自らの指揮官と戦友達が救援に来る事は−−絶対に有り得ない。
だが、それなのに“彼”は−−笑顔を浮かべた。
その笑顔のまま“彼”は、自由が利かなくなった身体を捻り、後方の関へ視線を向ける。
「…また先に逝ってるっすよ…」
そして手を弾帯へ取り付けた自爆装置のスイッチへ伸ばし、セイフティを解除。
それを見た敵指揮官が友軍将兵へ退避と身体を低くする事を命じるが−−
「−−−−−−」
スイッチが押され、自爆装置のC4が炸裂した−−
「−−少佐。“野郎”の持ち物の中にコイツが…」
「……寄越せ」
「はっ」
数時間後の関の内部で部下に呼び止められ、“少佐”と呼称された短い黒髪の青年の手に乗せられたのは手帳。
「………」
それを無言でパラパラと捲る彼の顔には−−なんの表情もない。
「………」
「…野郎の私物はどうしましょう?」
部下に問い掛けられたのが原因か、ページを捲る手が唐突に止まる。
「……焼却処分で構わん」
「…はっ。では直ちに」
「任せた」
部下に敬礼されたが彼はそれに応えず、去って行く部下の後ろ姿を一瞥すると再び手帳へ視線を落とす。
−−今日も部隊は平常運転。普段と変わりなし。でも隊長の喫煙量が多いのが気になった。悩みでもあるのだろうか?−−
−−今月の給金が出たぞ!!さぁて、朝まで痛飲だ!!ただし喫煙席からは離れ……たら一人で呑む事になるんだよなぁ…−−
−−右肩に被弾。正直、痛くて日記を書くのが辛い。…しかも隊長や小隊長にどやされるし、副長の治療は怖かったしなぁ…。踏んだり蹴ったりとはこの事だ−−
−−今日、たくさんの戦友が死んでしまった。その中には副長も含まれてる。隊長の所為じゃない。…大隊から下された命令に問題があったのだ…−−
「………」
尚も無言でページを捲り続けていた彼だが、書き綴られた日記が途切れ、白紙が現れた。
最後の内容は−−
−−ちょっと飯を残しただけで烹炊長に追い掛け回された−−
「…ふん」
それを鼻で笑った彼は手帳を閉じ、“彼”の全ての私物を処分するため歩き出す。
もはや、これは必要ない物だ。