短編

□可惜夜
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何も見えない。

星も月も。




風が切る音。

肉を切る音。



骨を断って己を汚す紅。




「やれ三成、如何にした」


いつからそこにいたのか、
ふいに後ろから声をかけられて
三成はゆっくりと振り返った


そこには輿に乗った刑部がやはりおり、その瞳は優しく自分を見返した



「……秀吉様を侮辱した」

言いながら目線を下げると、血を染め上げた血が
月の光も借りずにぬらりと反射した


やがてそれも黒に変わっていくのだろうか、と
ぼーっとしながら考えていると、何故か優しく頭を撫でられた


幼子をあやすかのような手が妙に心地良くて
黙ってされるがままになった。


生身の感触とはちがう、包帯が巻かれた指が頬へと降りてゆき、そこで指が止まった



「主の頭の中はいつも太閤ばかりよな」

「……それがどうした」

「太閤、太閤、妬いてしまう」



驚いて刑部を見た。

刑部のことだ、それが本心なのか分からず、
意を酌もうとじっと見つめていると
流石に折れたのかそう見てくれるな、照れる、と言った



「刑部の事だって思っている」

「そう…か、それは嬉しきことよな」



肌を晒さぬ刑部の頬を触れ返すと、くすぐったそうに目を閉じた


「中へ戻れ刑部、身体に触る」

「……主に思われてわれは幸せよ」

「どうした?急に」

「上を見遣れ、ため息が出る故」

「……?何もないが…」


言われるがまま見上げてみるも、
厚い雲に覆われて何も見えない

広がるのはただの薄闇だ。


刑部の言ったため息とは落胆なのか、それとも……



「血を落とさねばな」

「あぁ」


刑部には見えているのだろうか
……その向こうに



「一緒に入るか?刑部」

「ヒヒッそれも悪くない」






月が出る。

梟がなく。


血の匂いは風が掠ってくれた。




end

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