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□猫
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足を、怪我したらしい。俺に言わずに練習にも参加しないで、マネージャーには風邪だと嘘をついて自宅療養に勤しんでいる。
風の噂とは本当にあるものだ、と実感する。放課後、教室を出ようと出入口に足を踏み出した所、サッカー部の練習を見ている奴らがポツリと呟いた。
「早く優姫ちゃん、復帰しねぇかな〜。」
優姫が復帰?風邪のことだろうし、あいつはもともと体が弱い。サッカー部に入ってからはあまり病気にもかからなくなったし、別に風邪で長期に渡って休むのも不思議ではない。
その場を立ち去ろうとした途端、また声が耳に入る。
「アレは痛そうだったよなぁ。」
「轢かれた方が逃げるなんてなー。やっぱ責任感ってやつか?」
「なんで先生は言わないんだろうな。みんな心配してるってのに。」
轢かれた?いつだ?あいつはそんなヘマしない筈だ。俺は部活へは行かずに、優姫の居る家へと走った。見舞いに行っても何度も追い返されたが、理由が分かった今、もう俺は引き下がらない。
チャイムを押し、誰か返事をするのを待つ。暫くすると、インターフォンから声が聞こえてきた。
『どなたですか。』
「俺だ。見舞いに来てやったぞ。」
『修也…』
「鍵を開けろ。」
『いいよ、風邪移っちゃったら試合出れないでしょ。』
「いいから開けろ。」
『どうしたの?何怒ってるの?』
「早く。」
『修也変だよ、何かあったの?』
「いいから!」
扉の前で大声で言うと、インターフォンからの音声が切れた。逃げられたかと思ったが、ガチャンと解錠された音がした。扉を引くと、前には松葉杖を脇に挟んだ優姫が、俯いて立っていた。
「何故言わなかった。」
「……すぐ治る。」
「何で病院へ行かなかった。」
「だからすぐ治るって。」
もういいよ、帰って、と優姫は玄関から上がってリビングへ入っていった。何がいいよだ。何で追い返すんだ。俺は玄関を上がり、廊下に鞄を投げてリビングに入った。
優姫はソファーに座って俺を睨んだ。
包帯が巻いてある左足を強く掴み、そのまま覆いかぶさる。胸ぐらを掴んで顔を近付け、睨みつける。優姫は痛みに涙目になりながらも怯むことなく俺を睨み続けていた。
「馬鹿かお前は…!迷惑がかかるのは当たり前だ!そんなことして治らなかったらもっと迷惑だ!」
思い切り患部を掴んだ手に力を入れると、優姫は暴れて俺の胸ぐらを引っ掴む。そのまま右足で俺の足をかけてソファーの横に倒すと思い切り俺を殴った。
「殴れ、気が済むまで殴れ!」
「あの馬鹿が!あんたらが!私が事故にあったって言えば不安になるでしょ!どうせ馬鹿みたいに皆でお見舞いに来て!馬鹿みたいに落ち込んで!それで練習になんてならないんだから!!」
頬に涙が落ちる。優姫は俺の胸ぐらを掴んだままカタカタ震え出した。起き上がって優姫の背中に腕を回し、抱き締める。前より少し、痩せている。
「俺は、そんなに頼りないか。」
「………」
「俺じゃ、お前の傍にいることは努まらないか。」
髪を撫でると、首を横に振った。そのまま頭を自分の頬に寄せ、目を閉じた。口の中が血の味がする。
「病院行こう。父さんに診てもらえば早く治るから。」
優姫は今度は首を縦に振った。それから俺の肩口に額を押し当てた。
「お前全然食ってないだろ。家に来い。フクさんが作ってくれる。一緒に食べよう。」
まるで猫のよう。
(死期を悟るといなくなる)
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