早朝、綱海としろは合宿所の前で待ち合わせしていた。 前夜、綱海は一生に出すか出さないかの勇気を、久遠相手に出したのだった。 『監督』 監督の部屋に入り、パソコンをいじる久遠に声をかけた。返事はなかったが話は聞いているようだ。 『監督、明日、黒田と一日ください』 『…何?』 ギロリとパソコンのライトを浴びた右目が綱海を捉える。一瞬肩をはねさせた綱海だったが、負けじと睨み返した。 『黒田、最近様子がおかしいので、海へ連れていって発散させてあげてーんです。』 『海…』 久遠の中に、過去の事件が浮かぶ。 だがしろもあの事件以来海へ行っていない気がする。そうなると行かせてあげたいと思ってしまう親の心情。 久遠はいいだろう、と許しを出した。 『ただし』 しろの身に何かあったらただじゃ済まさない。 しろが待っているだろう合宿所前へサーフボードを抱えて急ぐ綱海。 (ああいうの、親馬鹿って言うんだろうな…) おまたせ、といつもと変わらぬジャージ姿のしろの肩を叩く。すると眠そうな声が返ってきて、振り返った顔も眠そうだった。 「どうした、眠い?」 「昨日楽しみで眠れなくて…ってなんですかそのサーフボード。」 「どこ行くか分かるか?」 そう尋ねると、しろの眠かった顔がどんどん笑顔になった。 「海!?」 「正解」 「やったぁ!海連れてってくれるんですか!?」 「徒歩だけどな。」 「全然構いませんよ!海なんて全然行ってませんし、楽しみです!」 「そっか、よかった!」 二人は稲妻町の駅へ向かい、海まで電車で行くことにした。それはしろの提案で、案外重いサーフボードをもって海まで歩けば体力なんて直ぐになくなってしまうだろうと思ったからだ。ちなみにしろが二人分切符を買った。 「わりぃな、」 「無駄遣いじゃないならいくらでも奢りますよ。」 「普通は男が女に奢りたいんだけどなー。これ往復切符だし。」 「そんなもんなんですか?」 「そんなもんだろ」 好きな奴には奢りたいもんだ、と言おうとしたが、ちょっとした告白になってしまうと思い、心の中にしまっておいた。 電車に乗り、綱海はしろを二人がけのシートの奥へ座らせ、自分はその横に座った。 「こつから行くとこは東京で見つけた穴場なんだぜ。誰にも見つからねぇからゆっくりできんだ」 「そうなんですか!じゃあ二人きりってことですね!」 「そうなるな…ってえ?」 「え?」 しろは普通に考えてそうなるな、と思って口に出したが、中学生男子の綱海はそれを脈アリだと捉えてしまっていた。だがしろが「今度は皆と海行きたいですね」と呟いたことによってそれはないな、と脳内に悲痛な声が響きわたったのであった。 . |