おかえりなさい(完結)

□[雑渡昆奈門] 雑渡さんとデリバリー
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 雑渡さんは最初にあった時から変な人だった。
 連れ去られたというのに、悪意がなくて、飄々としていて。
 それでいて、どっしりとした安定感があって。
 竹筒からストローでおかゆを飲んでて。

「……う……」

 目を覚ました私は、店先で椅子に横になって眠っていた。
 周囲には誰も居ないけれど、客の誰かがかけてくれた羽織が、起きた拍子に滑り落ちる。

 見たこともない高そうな羽織に、私は首を傾げた。

「うーん、なんだこれ」

 幸いにも客はいないようで、ここを離れた時のまま店は綺麗だ。

 うーっと、両腕を高く上げて伸びをしながら、目を閉じる。
 次に目を開けたら、何故か雑渡さんが目の前にいて、私はさすがにびくついた。

「あ、いらっしゃいませ」
「美緒ちゃん、お茶を一杯いただけるかな?」
「はいはいはい」

 私はパタパタと急いで奥に行って、お茶を持って戻ってくる。
 お湯は温め直されていたので、すぐにお茶は出来上がった。
 あんまりあつくてもいけないので、私は少しぬるめのお茶を雑渡さんに持って行く。

「おまたせしました」
「ありがと」

 受け取った雑渡さんは思った通り、湯呑にストローを指して飲んでいる。
 最初は雑渡さんのそのスタイルに驚いたものだが、全身に火傷をしているから包帯を取れないのだときいて、私は納得したものだ。

 雑渡さんはお茶を飲み終わってから、何事もなかったように去っていってしまった。
 普段は店に顔も出さないのに、妙な人だ。

 翌日、夕刻に店を訪れた友人たちに昨日はどこへ言っていたのかと追求されたが、結局私は雑渡さんの名前を出さなかった。
 ただ、お茶の出前だと言われた友人たちは何をどう考えたのかまでは、私の知るところではない。

「衣装部屋に高そうな羽織が増えてたな」
「どっかの城にでも連れて行かれたのか?」
「甘くて品のいいお茶の香りがしたよ」

 なんのクイズだ、と私は友人たちに茶を出しながら、くすりと笑う。

「何がおかしい、美緒」
「ふふっ、皆が来てくれて嬉しいなぁって」

 不思議そうな彼らの顔を見ているだけで、やっぱりあの話は断って正解だなと私は頷いた。

「また来てくださいね、お客サマ?」

 にっこりと私が微笑むと、営業スマイルなんて見慣れているはずの友人たちは何故か動揺していた。

(……そろそろ、店を閉めてもいいだろうかって意味で言ったんだけど、伝わってないなー)

 暮れかけた夕陽を見ながら、私は静かに目を閉じた。

 次は何時、雑渡さんに逢えるだろうか。
 少しだけ楽しみだ。
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