おかえりなさい(完結)

□7#信じてますから
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「美緒は、どうしてそんなに私達を気にかけるんだ?
 ただの客なんだろ?」

 鉢屋の問いに答えたくても涙で喉が詰まって声が出ない私は、ただ首を振った。
 ただの客なら、こんなに気にかけたりしない。
 私にとって、彼らは数少ない年の近い子供たちで、戸部さんや山田さんの教え子だ。
 だから、とても身近に感じていたし、彼らもそうであると思っている。
 そうでなければ、わざわざこの茶屋に寄る彼らではないだろう。

 戸部さんの勤めている学校には、全国から生徒が来ているのだと聞いている。
 だから、全員が全員、ここを通るのが不自然だということぐらい、いくら私の頭が悪くてもわかるというものだ。

 ひとしきり泣いてから、勧められるままに鉢屋に渡した茶を飲み、私ははーと息をつく。

「美緒は」

 そんな私に鉢屋が話しかけてくるので、彼の目を見る。

「なんでそんなに我慢するんだ。
 寂しいとか辛いとか、そういうことはもっと言ってもいいと私は思う」

 優しい鉢屋に私は泣きすぎて腫れた目で、弱く微笑んだ。

「……言えるわけない。
 だって、戸部さんは私を同情で拾ってくれただけだし、こんな風に住む場所を示してくれただけでも、すごく感謝してるの。
 私はそんな戸部さんの負担にだけは絶対になりたくない。
 お荷物になって、嫌われたくないもの」

 戸部さんに拾われて、一緒に暮らせない理由もちゃんと説明されたから、私は理解しているつもりだ。
 だから、そんな風に鉢屋が怒ることはないと思う。

「じゃあ、なんで泣くんだよ」

 苛ついた鉢屋の声に、私は思わず笑っていた。

「ふふっ、鉢屋が優しいから、かな」
「っ」

 何故か動揺している鉢屋から離れ、私は立ち上がった。
 鉢屋も立ち上がって、私の隣に立つ。

「美緒」
「あーあ、誰にも話すつもりなかったのに。
 どうしてくれるわけ、鉢屋?」
「……いつから、私が雷蔵じゃないと気づいてたんだ」
「なんとなく、ね。
 不破君と鉢屋じゃ、目が違う。
 不破君はそんな鋭い目で私を見たりしないよ。
 私をまだ疑い続けるかどうか迷ってるみたいだから。
 鉢屋は私の奥を見ようして、真っ直ぐに見てくるから、違う」

 困った顔をする鉢屋の頭に私は背伸びして手を伸ばして、小さい子にするように撫でた。

「大丈夫大丈夫。
 普段はよくわかんない。
 ただ、さっきはなんとなくわかっちゃっただけだから」

 確か鉢屋は変装の名人と言われる程に変装が得意だと聞いているから、私みたいな一般人に見破られるのは悔しいだろうと思って言ったのに、撫でていた腕を掴まれて、顔を近づけられた。

「こんなときばっかり勘がいいくせに、なんでわかんないかな、美緒は」
「え?」

 不破君に変装した鉢屋の顔が近づいてきたかと思うと、額に柔らかくて湿ったものが触れた。

 え?

 すぐに腕も離されたけど、これって、え?

「は、ははは、鉢屋が御乱心っっっ!」

 額を抑えた私は多分顔が真っ赤だ。
 こんなこと、家族にもされたことがない、典型的日本人なのに、なんでいきなりデコチューだ。

「私の前ならいくらでも泣いたって、弱音を吐いたっていいから、他のやつの前では絶対にするなよ、美緒」
「し、しないよっ!
 誰にも言うつもりなかったっていったじゃんっ」

 後ずさる私を鉢屋は何故かニヤニヤと見ている。
 これって、からかわれてるんだよね。
 いつもの、延長線上、だよね。

 期待するな、誤解するな、私。
 鉢屋はただ、私を心配してくれただけなんだから。
 他意なんて、ないんだから。
 落ち込んでる私を慰めてくれてるだけだ。
 鉢屋は優しいから。

 両手で頬を包んで、鉢屋から顔をそむけていた私は、鉢屋がどんな顔で私を見ていたのか知らない。
 でも、なんとなく優しい雰囲気に包まれていたのはわかる。

「美緒」

 そうだ、そういえば近くに山田さんがいるかもしれないのに、私ってばなんて子供みたいなこと言っちゃってんの。
 それも、年下に!

「うにーっ!」
「美緒!?」
「鉢屋が悪いっ!」
「な、なんだ、急に」
「もしも山田さんに幻滅されたらっていうか、そもそも幻滅されるほどの関係じゃないけど、されたら鉢屋のせいだからねっ」
「……美緒?」
「いないかな、いないよね?
 いてほしいけど、いたら困るっ」
「……落ち着け、美緒。
 山田先生ならいないから」
「だってさっきまでいたのに、そんなわけないじゃないっ」
「それは、私」
「だから、鉢屋が来る前にーー」
「山田先生に変装した私だ、美緒」

 鉢屋の言葉を脳内でリピートした、私は一瞬の後にグーで鉢屋を殴った。
 彼は何故かおとなしく殴られてくれた。
 その鉢屋の胸をぽかぽかと叩いて、私は文句を言ったのに、鉢屋は全然やり返さなかった。
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