おかえりなさい(完結)

□4#六年生の贈り物
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「だが、確かに一介の茶屋の娘には過ぎたものだな。
 だから、俺はやめておけと言ったんだ」

 呆れたように言ってくれたのは潮江君で、でも今ので関わっているのがバレバレだ。

「……狭い」

 不満と共に、ふわりと私の頭に何かが被せられる。
 同時に私の手元にあったはずの着物が無くなっているのは、問題としている着物を中在家君が私に被せたからだ。
 とりあえず、併せてみろということなのだろう。

 鏡を見なくとも自分に似合っていないことがわかっている私は、俯いたまま溜息を吐いた。

「中在家君まで何してるの」
「……」
「ほら、長次も似合うって、言ってるぞ」

 通訳したのが誰かはともかく。
 着るつもりのない私はそれを丁寧に外した。

「贈り物される理由がないし、こんな高価なもの速攻で売り払うよ」
「っ」
「着る機会だってない……」

 そういえば、利吉さんの家というか山田さんの御自宅に行くのにいつもの格好というのは駄目だろうか。
 少しは女らしい格好とかしたほうがいいのだろうか。
 山田さんの奥様はとても綺麗だと聞いているし、少しぐらいは私も粧し込む必要があるだろうか。

 でも、単にお食事を作りに行くだけだし、仕事だし、やっぱりいつもの格好じゃないと動きづらいし。

「美緒?」
「こりゃ完全に自分の世界に入り込んでるな」
「今のうちに着せちまえばいいじゃねぇか」
「そうだな」

 着るものといえば、今着ている他に持っているのは二着ぐらいしかないし、どれも少し古くなってるし、ここのを借りていってもいいだろうか。
 山田さんや常連さんたちにも好きにしていいと言われているし。
 でも、でも、一応預かり物であるわけで、汚したらマズイし。

 あ、でも、こないだの行商さんからイイ染み抜きをもらったから、試してもみたい。
 って、これじゃ汚すの前提だ。
 割烹着は格好悪いから作っておいたエプロンを二つぐらい重ねて付ければ、大丈夫かな。

「これでどうだ」
「流石、作法委員会委員長っ」
「見違えるな」
「いつもこうしてたらいいのにね」
「美緒は化粧しねぇからな」

 ああ、そうだ、材料を仕入れておいてもらわなきゃ。
 いくら私でも最低限の材料がないと作れないもんね。
 南蛮料理って言っても作れるのはたかがしれてるんだけど。

 て、それじゃ何を作ればいいのかな。
 数日泊まるんじゃ、どうしたって作れる品数に限りがある私にはやっぱり無理なんじゃ。

「うん、そうね、利吉さんに相談してみようっ」

 ぽんと手を打つ私の前に、六人が座ってお茶を飲んでいる。

「あら、こんな狭いところでお茶してないで、表に行ってよ」
「利吉さんって、山田先生の息子の?」
「相談って、何か悩みがあるのか、美緒」

 矢継ぎ早に質問されて、あっという間にパニックになった私は、一度強く柱を叩いた。

「じゃまだから、表に行ってって言ってるんだけど?」

 若干キレ気味に私が言うと、それであっという間に彼らは表に戻っていった。

 奥座敷にひとり残った私は深く息を吐く。
 もちろん、自分が着物の上から着させられたことには気がついたが、どうして彼らはああも手際がいいのか。

「もー、これから利吉さんと出かけるのに、こんな格好じゃ手間でしょうが」

 ぶちぶち言いながら例の着物を脱ごうとすると、後ろから身体に腕が回され、私を拘束する。

「美緒、何をしている」

 それをしたのは立花君で、咎める声が私の耳に当たって、擽ったい。

「っ立花君、着替えるんだから離して」
「着替えなくてもいいだろう」
「良くない、こんな上等な着物汚したくないもの」
「……次はもう少し安いのにするか……」
「そうして頂戴」

 私が言った途端に、ぱっと立花君が離れた。
 そして、私の身体を反転させて、少し屈んで笑顔の瞳を合わせてくる。
 めったにこんな笑顔は見られないだけに、私は少しだけどきりと胸が高鳴った。

「言質は取ったからな」
「へ?」
「自分で言ったんだから、次はちゃんと受け取れよ、美緒」
「え、ええっ?」

 用は済んだとあっさりいなくなる立花君の背を見送りつつ、私はええとと呟いてから苦笑した。
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