おかえりなさい(完結)
□2#ろしあんるーれっと
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「きり丸はぶれないよねー」
「美緒姉ちゃんも変わらないよね」
そうかな、といいかけて口をつぐむ。
三年前のあの日からなにか変わったかと言えば、答えはノーだ。
できることは増えたけれど、どうもそれは知らなかったことを知っただけのような気がする。
元から、私は自分のことは自分でやっていたような気がするのだ。
だから、姫かもしれないなどと言われた時には、なんだか非常に居たたまれなく、恥ずかしさにひとりで身悶えたのだ。
「山田先生なら、休みの間も学園に残るはずだから、後で差し入れでもした時に今の話をしたらどうかな?」
「え、また、お帰りにならないんですか?」
苦笑いを返されて、なにか事情でもあるのだろうか、と首を傾げる。
山田さんは利吉さんという息子がいるように、既に結婚されているが、単身赴任以来十年帰宅していないらしい。
そんなに怖い奥さんなのだろうか。
だからといって、そこにつけこむつもりは微塵も持ち合わせていない私は思案する。
「きり丸、白玉のお代はいいからさ、代わりに届けてもらえないかな」
「いいっすけど、自分でいけばいいんじゃ」
「準備してくるから」
きり丸が何か言おうとするのを遮って、店内に戻り、素早く書をしたためる。
といっても、書いたものは紙ではなく、風呂敷だ。
この店には余分に紙を置いていない。
書いた風呂敷で先程の白玉を包み、店先に戻る。
「あ、美緒姉ちゃん、こんにちは」
「おいしそうな匂いー」
そこには既に茶色の天パで大きなメガネをかけた乱太郎と、油をたっぷり付けて整えた髪をひとつに縛っている小肥りな男の子のしんべエがいる。
先ほどきり丸と土井さんに出した白玉は跡形も無い。
「あらあら、二人が来ちゃったなら、届けてもらえないかしら?」
「だから、美緒姉ちゃんが自分で」
「定休日でもないのに、店を空けられないわ。
それに、きり丸たちがお休みってことは、まだまだお客さんがくるってことだもの。
稼ぎ時に店を開けてどうするの」
私ときり丸の話を聞いていた乱太郎が手を挙げる。
「よくわからないけど、届けものなら僕が行きましょうか?」
きり丸が何か言う前に、私はありがとうと言いながら乱太郎に風呂敷を押し付けた。
この子は足がとても早いのだ。
以前に食い逃げがいた時も真っ先に追いついてくれた。
まあ、それよりも先回りしていた土井さんは更に早いということになるのだけど、そこは大人と子供の歩幅の違いというところだろう。
「学園に戻ってもらうことになると思うんだけど、これを山田さんに届けてもらえるかな」
「はい、じゃあね、きりちゃん、しんべエ。
さようなら、土井先生」
乱太郎は三人に礼儀正しく挨拶すると、あっというまに駆けていって、すぐに見えなくなった。
はー、と私は感嘆の息をこぼす。
「羨ましい、俊足」
私の袖をきり丸がひっぱる。
「いいのかよ、美緒姉ちゃん」
「いいかげん、しつこいよ、きり丸」
しつこい男はもてないよ、と言ってもきり丸は袖を離す素振りもない。
そういえば、と先程のことを思い出す。
「きり丸、白玉なくなってるけど、誰が当たったの?」
「え」
「う」
口を抑えたのは土井さんでした。
「美緒さん、白玉に竹輪でも入れた?」
「うん、竹輪のチーズ揚げ」
げ、ときり丸としんべエが顔を青くする。
うん、まあ、作った私も食べたくない味だよね。
美味しいとは思ってないけど、山葵や芥子よりはマシだと思うんだけど、どうだろうか。
「えーと、じゃあ、きり丸の分と土井さんのお代は無しで良いですよ。
あ、作りすぎちゃった竹輪のチーズ揚げ持って行きますか?」
「いいいいや、おお、お気遣いなくっ!」
「美緒姉ちゃん、土井先生は」
「そういえば、練り物が苦手なんでしたっけ。
えーと、じゃあ、おにぎり持って行きますか。
戸部さんの分なので、あまり多くは差し上げられないんですけど」
待っててくださいね、と奥に戻ってから握り飯を六つ包んで、戻る。
さすがというか、土井さんは既に持ち直しているようだ。
それに、三人とも乱太郎を待たずに発つらしく、既に席を立っている。
私は土井さんに近づき、おずおずと包みを差し出し、見上げる。
「おにぎりと、お漬物もおまけしましたから。
……えーと、あの、またお待ちしてます」
冗談で作ったけど、やっぱりまずかったかな、これで来てくれなくなったら困るな、とついつい不安が顔に出てしまったらしく。
土井さんは少し頬を赤くして視線を逸らしてから、咳払いして、優しい笑顔を向けてくれた。