あなた〜のために2(完結)

□[2] 1#隠し事
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 目の前の片倉様の顔が険しくなった。
 でも、私は隠すつもりもないし、隠せるとも思っていない。

「舞姫は負を運んでしまう存在で、長く留まれば留まるだけ、その場所に穢れを運び、災厄をもたらします。
 舞は一刻それを祓うことができても、完全になくすことはできません。
 だから、いつかは」

 最後まで言葉を継ぐ前に、私は喉を詰まらせ、俯いた。
 せっかく思いが通じても、いつかは片倉様から離れなくてはいけなくなる。
 それを言うことが辛い。
 言わなきゃよかっただろうかと後悔がかすめたものの、やっぱり隠し通せる自信はなかった。
 だったら、やはり今言ってよかったのだ。

 私は意を決して、片倉様を見上げ、微笑んだ。

「いつかは片倉様とお別れしなくてはなりません」

 折角想いを告げてくれて、ミヤであると知れたのに、こんなことを言わなければならないのは辛い。
 でも、言わないでいるわけにもいかない。

 片倉様から伸びてきた手にびくりと体が震え、私は思わず目を閉じていた。

「何故、今それを言う」

 苦しげな片倉様の声に、私はゆっくりと目を開けた。

 片倉様は顔を強張らせて、握った両手を膝において、私を見ている。
 それを私は真っ直ぐに見つめ返し、小さく笑った。

「最初に片倉様が言ったんですよ。
 私が隠し事が苦手だって」
「……そうだったな」

 深く息を吐いた片倉様が片手で顔を覆う。
 それから、たっぷりの間をおいて言う。

「いつだ」
「え?」
「いつ出ていくつもりなんだ」

 言われた瞬間、私の顔が熱くなった。
 怪訝そうに片倉様が私を見る。
 隠しておけるわけないとわかっていても、こればかりは言い辛い。

「片倉様次第、といいますか」
「……どういうことだ?」

 オロオロと視線を彷徨わせる私を見ている片倉様には、何も伝わらない。
 さっき、隠し事はしないと言った手前、黙っているわけにもいかない。

「…………………………あかちゃん」

 やっと私が紡ぎだした言葉をきいた片倉様はますますわけがわからないという顔をしている。
 そりゃあ、そうだろう。

 私は両目を閉じて、胸に両手を当てて、何度か深呼吸してから、やっと片倉様を見た。
 体中が熱の塊みたいに熱い。

「子供が出来たら、でていかないといけないんです」
「……子……?」
「舞姫は子を孕むと、里に戻ります。
 そこで一人で産み育てることが定められているのです。
 これは、舞姫の秘術を他に伝えないためのものでもあります」

 危険な技ですから、と続けると、片倉様は当然の疑問を口にする。

「だが、葉桜のいた里というのは、もう……」
「ありませんけど、たぶん出ていくことになります。
 次に舞姫を継ぐとすれば、私の子ということになりますし、おそらく力も強いでしょう。
 私が産まれるときも相当大変だったと聞いています」

 どうなるのか、私は知らない。
 私は里で一番幼かったから、見たことがないのだ。

「……大変なんだな、舞姫ってのは」
「ええ、特異体質でもなければとっくに滅んでますよ」

 私が苦笑していると、そっと頭を撫でられた。

「話しづらいことをよく話してくれた」
「……ごめんなさい」
「つまり、子ができるまではここにいられるんだな?」
「……そ、そう、なります」
「……成実あたりにでも聞くか……」
「へ?」

 片倉様が何かをつぶやいたかと思うと、急に抱き寄せられた。
 当然のように、私の鼓動は高鳴る。

「確か、前田の風来坊と甲斐の信玄公が詳しいはずだな」
「え、えと、そう、ですね」
「そっちも当たってみるか。
 今は状況が違うことだし、何か知ってるかも知れねぇだろ」
「何かって」

 はっと気がついた私が顔をあげると、至近距離に片倉様の顔があって、私は思わず固まってしまった。

「もしもそうなったとして、身重になった葉桜を一人で放り出せるわけねぇだろ。
 もしもの時は俺も一緒に行くからな」
「そっ、なっ、ええっ!」
「否はなしだ」
「えええっ」

 私の驚きの声に、頬を片手で押さえつけられる。

「ここまできて、俺から逃げられると思うなよ」
「っ、逃げる、なんて……」

 真っ直ぐに私を見下ろしてくるこの強い目から、逃げられるなんて思ってない。
 思ってないけど。

 口づけの予感に私が思わず目を閉じると、一瞬の間の後で舌打ちされた。
 それから、今度こそ深く口付けられる。

 触れた場所から、深く心がつながり、片倉様の焦りが伝わってくる。
 触れ合いたい心は同じだけど、そうすることで別れが近づくことはわかってもらえたようだが。
 それでも、求める心は留まらない。
 私だって、片倉様のものになりたい。
 でも、まだ今は思いが通じ合えただけでもいっぱいいっぱいで、これ以上のことは自分でもどうしたらいいのかわからない。

「……っ」
「勝手にいなくなんじゃねえぞ、葉桜」

 くちづけの合間に囁かれる言葉に、私はただ頷く以外できなかった。

 本当は、離れたくなんかない。
 折角思いが通じたのだ。
 片倉様とずっと生きていきたい。
 ここで、ずっと隣で笑いあいたい。

 それでも、舞姫の枷が私を苦しめる。
 慶次は冗談のように辞めてもいいというが、そんなことできるわけない。
 私は姉様たちの願いと一緒に生きていくと決めているのだ。
 ーー姉様たちは私の自由にしても許してくれるかもしれないけれど、そんなふうに投げ出せるわけがない。

 時が満ちたとき、私自身もどうなるのかわからない。
 でも、できるだけ長くいっしょにいたいと願うぐらいは許してもらえるだろうか。
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