放浪の舞姫
□2#放浪の舞姫、祭りで出会う
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闇からゆっくりと意識が浮上し、私はやけに静かで、やけに居心地の良い空気に促されながら目を開けた。
視界にまず入ったのは、小さな小さな仔猿。
「…やあ、はじめまして。
きみの名前はなんていうの?」
仔猿は小さく啼きながら私を離れていく。
彼を目で追いつつ、起き上がると、私の上から赤い布が落ちた。
「もう平気かい?」
仔猿が向かったのは鮮やかという以上に派手という形容が似合う大男に見える。
ざんばらで切りそろえているわけもない長髪を高く結い上げ、赤と白というお目出度い色の紐で括り、その上鳥の羽まで差している。
ひきしまった立派な体躯に赤地に白の房飾り付きの変わった着物を着て、赤い股引を履いて。
「こいつは夢吉ってんだ」
「ああ、あんたの友達だったのか。
夢吉くん、私は葉桜というんだ。
私とも友人になってもらえるかい?」
夢吉は男と私を交互に見た後で、彼が頷いてから、私の前にやってきた。
そうして丁寧に頭を下げて、手を差し出してきて。
(うわ、可愛いーっ)
ドキドキと私が胸を高鳴らせながら指先を伸ばして手を差し出すと、夢吉はとととと私の腕を登って、私の顔に口吻た。
やばい、可愛すぎる。
「俺ァ、慶次。
前田慶次ってんだ」
目の前の男の自己紹介に、私はちらりと目線を送ってから、すぐに夢吉に指を差し出して。
小さな手が縋り付いてくる。
「きみの友人は慶次くんと言うんだね。
ずいぶんと人が良いようだ」
「…そりゃあ、どういう意味だい?」
怪訝というより、真面目に聞き返した慶次を、私は今度こそ真っ直ぐに見つめた。
「言葉通りにとってくれて構わないよ、慶次くん」
どこか困惑した様子の慶次から、私はまた夢吉に視線を移すと、こちらも愛らしく首を傾げる。
「男の姿をしているとはいえ、すぐに私が女と知れたんだ。
二人きりで部屋にいて、私が起きても何もしてこないなんて、特殊な趣味か人がいいかの二択じゃないか」
はははと笑うと、夢吉はなぜか私の頭に乗ってきた。
そして、慶次に何かを訴えている。
それに対して慶次はというと、苦笑いを浮かべていて。
よく見ればかなりの顔も造形も良いし、かなりの色男。
「或いは女に困ってないだけってことかな」
「アンタ、はっきり言うなァ。
俺ァ、そういうの嫌いじゃないぜ」
「そりゃどーも」
私は大きく開けた口を申し訳程度に片手で抑えながらあくびをする。
「で?」
「ん?」
「ここって、どれだけ休んでていいの」
「ああ、泊まることもできるぜ」
慶次の答えを聞いて、私はもう一度布団に寝転んだ。
「そりゃあ助かる。
久しぶりに運動したから、もうつかれて眠いんだぁ。
もうちょっと休ませてもらうよー」
「そうかい」
私は目を閉じて、ひらひらと二人に手を振る。
「おやすみ、夢吉、慶次」
眠りに挨拶には優しい二つの返事が返された。
「キキッ」
「おやすみ、葉桜ちゃん」
この二人は私の目が覚めても部屋にいて、そして彼らと私は連れ立って旅をすることになる。
それを知らずに潜る微睡みは、とても温かく優しかった。