おかえりなさい(完結)

□[六年生他]ここが私の帰る場所
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 その日の朝まではなんでもなかったはずだった。お客さん達が、近くで合戦があるとか何とか言って、しきりに心配してくれるのは、何故か皆私が戦災孤児で記憶が無いことを知っているからだ。

 ドーン、という大きな音に驚いて、最初にお茶を零した。

 二度目の音で、お盆を頭にうずくまり。三度目には、店の中に駆け込んで、衣装部屋に閉じこもっていた。

 自分では平気なつもりでいた。鉄砲なんて、きっと花火と同じだと。それに、自分には関係ないのだからと。

「美緒っ!」
 閉めきった部屋のどこからか入ってきた見慣れた友人の姿に、私は反射的にへらりと笑っていた。

「あ、善法寺君、いらっしゃ……ひゃっ!」
 再び聞こえた大筒の音に、私はわたわたと衣装の隙間に入り込み、両手で耳を塞いで閉じこもる。

「あれ、美緒は?」
「そこだよ」
「だから避難させたほうがいいと言ったんだ」
 聞き慣れた友人たちの声が聞こえて、私はそろそろと衣装の隙間から顔だけを出し、またへらりと笑った。そこには善法寺君の他に食満君と潮江君、立花君がいて。

「わ」
 急に肩を掴まれたと思ったら、私は七松君の腕の中にいて、よく見れば、中在家君まで揃っている。

 今までで一番近くで大筒の音が聞こえて、私はビクリと身体を震わせ、とっさに七松君にしがみつく。

「っ」
「美緒でも、怖いものあるんだなっ」
 やけに嬉しそうな七松君に反論する気力は、ない。

 この合戦はいつ終わるのだろう。ここまで来なければいいけれど、来てしまったら、どうする、どうなる? お店は、めちゃめちゃにされてしまうんだろうか。居場所が、なくなってしまうんだろうか。

 そんなの、嫌だ。

 私は意を決して顔をあげる。

「じゃあ、予定通り美緒は学園に連れてーー」
 何やら話し合っている内容は私の避難先についてみたいだけど、私は首を振り、はっきりと断る。

「行かない」
 何を言っているんだという目で見られたけど、これだけは譲れない。

「だって、私がいなくなったら、誰がお店を守るの?」
「店なんかどうだっていいだろうっ!」
 苛ついた潮江君に、私は負けじと言い返す。

「良くないよ! ここがなくなったら、私はどうやって戸部さんを待てばいいの!? 私にはここしかないのに!!」
 ここが私の世界の全てで、全部だ。ここがなくなったら、どうしていいかわからなくなるのに。

「何も知らないのに、簡単に言わないでよっ」
 泣くつもりなんてなかったのに、溢れてきた涙を、私は両手で押さえつける。それでも後から後から溢れてきて止まらない。震えも止まらないけど。

「美緒」
「いやっ」
 誰かの手を振り払い、私はきっと顔をあげる。

「私は……っ!」
 更に言い募ろうとした私は首の後に軽い衝撃を受け、そのまま闇に落とされた。



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