おかえりなさい(完結)

□[食満留三郎] 同室だから
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 休みの日でも特にすることのない日は、私は店を開けることにしている。

「はー、ひまだなぁー」

 店先でお茶を啜りながら和んでいると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
 そちらをみると、あっという間に私の目の前には乱太郎が。
 さすが、俊足。
 ああ、韋駄天って異名までもっちゃってるんだっけ。

「いらっしゃい、乱太郎。
 今日は……善法寺君と一緒なんだ」

 私がこちらに走ってくる善法寺君を苦笑いしながら見たのは、いつもながらの汚れっぷりだからだ。
 これが、乱太郎ぐらいの歳であれば遊んでてと納得できるし、七松君ぐらい活発であれば遊びすぎてと思うかもしれない。
 でも、私は善法寺君が物静かで争いを好まない性格であるのを知っているし、そこまで汚れている理由も知っている。

「また穴に落ちたの?」
「ははは……」

 乾いた笑いを零す善法寺君に、私は飲みかけの茶を渡して、奥へと濡れた手拭を取りに行く。
 三枚をひっつかみ、私が戻ってくると、何故か善法寺君と乱太郎はお茶を凝視しているのだ。
 虫でも入っていたのだろうか。

「ほら、善法寺君そこに座って」
「え、い、いいよ。
 汚れる……」
「いーから座んなさいっ」

 店先が汚れるといって断ろうとする善法寺君の腕を掴んで、私は思いっきり引っ張った。
 でも、流石に男の子だからなのか、全然座らせられる気がしない。

「むむむぅっ」
「美緒」
「善法寺君はこんなに線が細いのに、なんでかなぁっ」
「わぷっ」

 持っていた手拭を善法寺君の顔にぶつけてから、私は汚れた顔を少し背伸びして拭う。
 そんなに背が低いつもりはないけど、善法寺君は並んでみると顔半分ぐらいは私よりも背が高いのだ。

 ひと通り善法寺君の顔を拭き終わると、綺麗な顔が現れて、私は満足して頷いて笑う。
 それから、また綺麗な一枚で善法寺君の顔を丁寧に拭いて、善法寺君の指が長くて大きな手を拭いて、服を叩いて土や砂などの汚れを落として、と。

「これでよしっ」
「あのー美緒さん」
「ついでに乱太郎も拭いちゃえ」

 最後に残った綺麗な手拭を手に、乱太郎の顔をやさしく拭い、よしと私は頷く。

「これならいいでしょ。
 二人共座ってて、今お茶を淹れてーー」
「あの、美緒さんっ」
「ん?」

 何か勢い混んでいる乱太郎の前にしゃがみ、私は目線を合わせる。
 丸くて大きな目だなぁ。

「私達、これから薬草を摘みに行くんです」
「薬草?」

 だから、二人共やけに大きなかごを背負っているのか、とやっと私は納得した。
 普段はそこまでどこかに行くとか気にしないけど、流石に少し気になったのだ。

「はい、保健委員会で使う薬草が足りなくて、予算も足りないので、そのぅ」

 もう行っちゃうのか、とほんの少しの心の陰りが私の顔に出ていたのか、段々と乱太郎の声が小さくなる。
 なんだか、私が苛めているみたいじゃないか。

 私は乱太郎の頭を軽くなで、立ち上がって善法寺君を振り返った。
 幸いに今日は定休日で、私は暇だから店を開けていたわけで。

「善法寺君、ちょっと待っててもらえる?」

 そう言い置いて、私は例の衣装部屋へと向かった。
 そこで、動きやすいように着替え直すのだ。
 汚れてもいいように、茶系の絣に着替え、闇色の股引を履いて、部屋を出る。
 それから、片手で提げられる程度小さめの籠を手に、店先へと戻った。

 後は店を締めてから、もう一度乱太郎の前に立つ。
 私のこういうカッコを見せたことはないから、大きな目が零れ落ちそうなほどに見開かれていて、可愛い。

「じゃ、行こうか」
「へ?」
「行くって……」

 不思議そうな乱太郎と半ば予想しているのか不安そうな善法寺君に、私はニヤリと笑う。

「今度は薬膳団子でも作ろうかと思ってるんだよねー。
 一緒に連れてって?」

 私の言葉を聞いて、少しの間固まっていた二人は、それから同時に叫んだ。

「ええええええっ!」

 元気すぎて、ちょっと耳が痛い。

「美緒、私達と一緒に薬草を摘みに行くというのはお勧めしない」
「なんで?」
「保健委員会は別名、不運委員会と言われていて」
「私達といると美緒まで危険な目に会ってしまうよ?」

 乱太郎と善法寺君に交互に説得されたが、私の意思は固い。

「だーいじょうぶ、大丈夫!」
「大丈夫じゃないってー」
「だって、もしも危ない目に遭っても、善法寺君と乱太郎が助けてくれるでしょ?」
「それでもどうにもならないから不幸なんですってばっ」

 どうあっても一緒に行けないという二人に、私はどんどんと不満が溜まってくる。
 だが、ここでキレても連れて行ってくれるわけじゃない。

「二人と行けば、ちゃんとした薬草を摘めると思ったのに……」
「ちゃんと、した?」

 乱太郎に聞き返されて、私はしおらしく返したが、半分は本当の話だ。

「昔食べた草餅を作りたくなったんだけど、なんの草で作ってたか思い出せなくて。
 じゃあ適当に家の裏手で摘んで、薬膳ってことにしようと思って試作を作ったんだよね。
 だけど、食べたらしばらく体が動けなくなっちゃってさー」

 流石に適当に摘んで作るのは諦めたところだったのだ。
 後で山田さんか土井さんにでも聞こうかとも思っていたのだけれど、薬草を摘みに行くという二人が通りかかったのはラッキーだと思ったのに。

「……美緒」

 善法寺君が真剣な顔で私の両肩を掴む。

「一緒に行こうか」
「はい」

 そんなわけで、私は善法寺君と乱太郎と一緒に薬草を摘みに行く事になったのでした。



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