おかえりなさい(完結)

□8#おかえりなさい
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 目を覚ますと、目の前には帰ったはずの善法寺君がいた。
 それに、外にいたはずなのに、着替えのおいてある四畳の部屋に寝かされている。

「あれー、善法寺君だー?」
「気分はどうだい、美緒ちゃん」

 答えを返そうとして、視界の端に映った人に顔を向ける。
 部屋の中は狭いから、善法寺君と鉢屋しかいないけど、戸口にいるのは同い年の友人たちだ。

「んー……んー……?
 なんか、皆の幻覚が見える……」
「ふふっ、幻覚じゃないよ。
 皆、美緒ちゃんを心配して、戻ってきちゃったんだ」

 部屋の向こうがガヤガヤと騒がしいけど、善法寺君の周囲だけ、静かで穏やかだ。
 彼の笑顔に釣られるように、私もにへらと笑い返す。

 それから、お客様が沢山いるという事実に思い当たり、跳ね起きた。

「仕事っ!」

 その拍子に、思いっきり善法寺君の顔にぶつかった。
 口の端を抑える私と、口を抑える善法寺君。
 ーーこれは、不幸な事故だ。

「ごめん、大丈夫?」
「っ、なんで平然としてんだっ!」

 文句は部屋の外にいる潮江君から聞こえたけれど、これは私と善法寺君の問題だから、さくっとスルーだ。

「一度目はおでこで、二度目は未遂。
 惜しかったね、善法寺君っ」
「……少しは動揺しろよ、美緒」

 サムズ・アップする私に、食満君から脱力したツッコミが入る。

 いやいや、そんな場合じゃない。
 掛け布団を避けて起き上がろうとすると、鉢屋に肩を抑えられる。

「なにする気だ、美緒?」
「お客様にお茶出さないとって」
「……っ、アンタは自分がなんで倒れたか、わかってんのかっ?」

 激高する鉢屋には悪いけれど、理由はなんとなく自分でもわかっているから、私はただ笑って返した。

「いつから、眠れてないんだ」
「今回はまだ三日目だよ」

 私の記憶は戸部さんに会った時からしかないけれど、それからも時々眠れない日々が続くことがあった。
 いわゆる不眠症ってやつだ。
 それでも、昼間に少し転寝する程度であれば眠れるし、単に夜眠れないだけだから、そこまでの体調不良というのはない。
 それを、皆も知っているはずだから、そこまで心配されることではないと思う。

「さ、お茶を出さないと」
「美緒のじーさんが休んでてもいいっつってたし、俺らは勝手に飲んでるから気にすんな」

 七松君の申し出はありがたいけど、眠っていられるわけがない。
 だって、この仕事は私がここにいられる最大の理由なのだから。

「じゃあ、お代」
「とるのかよっ」
「ふふふっ、冗談だよ」

 笑っていると、布団に寝かされて、目蓋の上に手を乗せられた。
 冷たくて、薬臭い、善法寺の手だ。

「美緒ちゃんの不眠症は、たぶん不安からくるものだよ。
 今日は俺達がここにいるから、ゆっくりと眠るといい」
「……だめだよ、皆は帰る家があるんだから、ちゃんと帰らなきゃ」

 どかそうとしても善法寺の手はビクともしない。

 私は帰る家がある人を引き止めたいとは思わない。
 だって、私は永遠に会えなくなってしまったから、だからせめて、皆には生きていられる間はちゃんと家族といてほしいと願っている。

「帰らなきゃだめだよ」
「一日ぐらいなら、取り戻せる」
「俺はもともと途中に寄る場所があったから、ついでだ」

 皆が口々に言い訳をしてくれるのを聞きながら、私は久しぶりに眠りが訪れるのを感じていた。
 今は昼間で、皆は帰らなきゃいけないのに、甘えちゃいけないのに。

 眠くて、眠くて、仕方ない。

「……じゃあ、五分だけ……」
「おやすみ、美緒(ちゃん)(さん)」

 温かな声に揺られ、私はゆるやかな眠りへと誘われていった。

 不安はずっとあった。
 だから、眠れなくなるのもわかっていたし、そういうときは無理に眠ろうとしても眠れないのはわかっていた。
 だから、夜通し本を読んだり、書き物をしたり、新作メニューを考えたりして過ごしてた。

 戸部さんが来たら、たいていの夜は眠れるようになるのだけど、今回は長期の別れの客が多かったから、もう少しだけ長引くはずだった。

「美緒」

 優しく私を呼ぶ声は、誰だろう。

「無理してんじゃねぇ、馬鹿美緒」

 これは潮江君だろう。
 囁くように文句を言っているけど、文句に聞こえない。
 ああ、それに、これは少し前の出来事のはずだ。
 だから、これは夢なんだろう。

「無理しちゃダメなの?」
「ダメじゃねぇが、時々は息を抜かねぇと、倒れるぞ」
「なにそれ、経験談?」
「まあな」
「ふっ、それなら、私も負けないよ。
 既に倒れたし」

 私が無い胸を張ると、潮江君の痛い拳骨を頂いた。
 女の子に容赦無い。
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