おかえりなさい(完結)

□7#信じてますから
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 肩に手をかけられて、私が振り返ると、そこにはあの山田さんがいた。
 さっきの利吉さんじゃないけど、変なところがよく似た親子だ。
 顔も性格もほとんど似てないのに。
 ーーいや、仕事人間ってところはとってもよく似てるって誰かから聞いた気がする。

「山田さん」

 思わず顔を歪めた私に、山田さんも困ったように笑う。

「美緒さん、利吉が無理を言ったようですまなかったね」
「い、いいえ!
 利吉さんは私を気遣って嗚呼言ってくれたんだとわかってますから。
 だから、大丈夫ですっ」

 なんとか笑顔を作ると、山田さんは何故か複雑そうな顔をしている。
 そうだ、お茶を出さなきゃと私は気がついて、慌てて頭を下げた。

「あ、あの、いらっしゃいませ、山田さん。
 今、お茶をお持ちしますねっ」

 山田さんからの返事を聞かずに、慌てて店の奥へと戻った私は、お茶を準備しながら、深呼吸してドキドキを抑えこむ。
 いきなり現れたから、すごくビックリしてしまったが、変な対応になってなかっただろうか。

 考えながらも急いで準備したのは、少しでも長く話をしていたいからに他ならない。
 誰といるよりも落ち着かなくて、誰といるよりも安心する山田さんが来ているのだから、当たり前だろう。

「おまたせし……あれ、山田さん?」

 でも戻ってみれば、そこには山田さんはいなくて。

「やあ、美緒ちゃん」
「不破君?」

 何故か帰ったはずの不破君がいた。
 あれ、と首を傾げる私に近づいてきた不破君は、がっしと私の両肩を掴んで顔を見つめてくる。
 ん、これは不破君じゃないほう、だ。

「それで、美緒ちゃんはちゃんと断れたのかな?」

 双子ごっこでもしてるのだろうか、鉢屋は。
 しかたないから、つきあってやるか、と私は笑う。

「まだ利吉さんが迎えに来てないんだから無理だよ、不破君」
「そう」

 にこにこ笑顔が不破君のトレードマークみたいだけど、今は鋭い目線がすべてを裏切っている。

「ところで、山田さんがいなかった?」
「さあ、私は見てないけど」
「そっかー」

 私は近づいていって、鉢屋に湯呑みを差し出した。
 どうして鉢屋が不破君の真似をしているのかはしれないけれど、今の私には瑣末なことだ。
 つまり、どうでもいい。

「もう帰っちゃったのかなぁ」

 そんなことよりもせっかく来てくれた山田さんにお茶の一つも出せなかったのが哀しい。

 鉢屋の隣にすわって、私はその体に寄りかかった。
 今日は珍しく来客の多い日で、なんだか疲れてしまった。
 ずっとってわけじゃないけど、しばらくは会えなくなるって人が多すぎて、寂しさが募って。

「……山田さん、次はいつ来てくれるかなぁ」

 目を閉じて、山田さんを想うだけで、ドキドキするけど、いないことが寂しい。
 でも、それ以上に今日来てくれた友達に会えなくなることがなによりも寂しい。

「戸部さんも山田さんも、忙しいから無理を言っちゃいけないのはわかってるけど、寂しいなぁ」

 今の時代、ちょっとの別れが永遠の別れになるなんてザラなのは、ちゃんと私もわかっているつもりだ。
 でも、頭でわかっているのとは別で、心が寂しいと訴える。

 肩に置かれた手が私を強く抱きしめる。

「私がいる」
「うん」
「皆も、夏休みが終わればすぐに会える」
「うん」
「だからーー泣くな、美緒」

 腕が緩んだので顔をあげると、もう鉢屋は不破君のフリをやめていた。
 あの見透かすような目で、何か言いたげに私を見下ろしている。

「泣いてないよ、鉢屋」
「泣いてる」
「泣いてない。
 まだ、仕事中だもん」

 鼻を啜り、私は数回瞬きしてから、身を起こして鉢屋から離れた。
 鉢屋はまだ真剣な目で私を見ている。

「頭ではわかってるんだけどね、こんな時代だし、いつ誰がどうなるかなんてわからないからって、どうしても考えちゃうんだ。
 後ろ向きは良くないって、わかって」
「もういい」

 私の言葉を遮る鉢屋は、私よりも苦しそうに私を見ている。

「泣いていいから」
「泣かないよ、仕事中ーー」
「いいから」
「よくない、よ」

 鉢屋の言葉を跳ね除けようとすればするほど、視界が歪んでいく。
 泣いちゃダメだと自分にいくら言い聞かせても、とめられなくて、私は目を閉じた。
 私の頬を伝い落ちる雫が、幾筋も流れてゆく。
 それを荒れた太い指が拭う。
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