おかえりなさい(完結)

□5#五年生は過保護です
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 山田先生の家に持っていく手土産は何がいいだろうかと考えながら、六人分の湯呑みを片付け、私はまた空を見上げてぼんやりする。

 同じ年だと思えない戸部さんの学校の生徒たち。
 彼らがどんなことを学んでいるのか知らないけれど、それをやりたいかと訊ねられれば私は否と答えるだろう。
 なぜなら、私にはこの茶店で戸部さんを迎えるという大切な役目があるからだ。
 いつまでとか、そういうことは考えない。
 考えたら、きりがない。

「美緒」

 誰かに呼ばれて振り返った私は、少しまだぼんやりしていて。

「またそんな顔をしてるのか」

 私の目の前に立った青年が、遠慮なしに私のほっぺたを引っ張る。

「っふぃたふぃ、ふゃちふゃ」

 泣き出す私のほっぺたから手を話した鉢屋三郎は、不機嫌な顔で私の頭を自分の胸に引き寄せた。

「だから、その顔をやめろ」
「っ」

 なんのつもりなのか、私が鉢屋に会う時はいつも泣き出す寸前みたいな気がする。

「なんでいつも泣いてんだよ」

 どうやら相手も同じことを考えているらしい。
 なんて偶然だ。

「またくだらないことでも考えてたんだろう」
「くだらなくなんかないっ」

 反射的に言い返して顔を上げた私をみおろし、鉢屋がいじわるな笑顔をみせる。

「ほー」
「わ、私だって、子供じゃないんだから」
「へー」
「いつかくる別れが怖いなんて、そんなわけないんだから……」

 じわりと自分の目元にまた涙が浮かんだ気がして、私は慌てて袖口でこする。

「そんなふうに乱暴にこすっちゃだめだよ、美緒ちゃん」

 そういって、私の手を止めるのは鉢屋と同じ顔の不破雷蔵君だ。
 いつのまにそこにいたのだろうか。

「おじさーん、冷たい手拭いー」
「わわっ、尾浜君、待って、ストップっ!
 自分で持ってくるからっ!!」

 その上いつの間にか来ていた尾浜勘右衛門君に注文されそうになり、私は慌ててその場を離れた。
 奥に入る前に、あ、と立ち止まり振り返る。

「いらっしゃい、鉢屋、不破君、尾浜君。
 すぐにお茶を持ってくるね」
「その前にちゃんと冷やしてくるんだよ、美緒」
「はーい」

 ぱたぱたと奥に戻り、五人分のお茶を盆に乗せていると、養父から冷たい手拭いを渡される。

「美緒もしゃんと冷やしておいで」
「はい」

 用意している間に、つい、後回しになってしまった。
 養父のこういう風に何気ない気遣いが私は嬉しい。

「そうだ、今朝作った豆腐あるよね」

 私が話している側から、養父が小皿に五人分手際よく用意してくれる。
 そうして、奥に行く前は店頭にいたのが三人だけだったが、お茶を手に戻ってきてみれば、思ったとおりに二人増えている。

「いらっしゃい、久々知君、竹谷君も」

 全員にお茶を渡してから、お茶菓子がわりに豆腐を渡すと、久々知兵助君からはキラキラとして目で礼を言われ、他のものからはまたかというような呆れた視線が豆腐に注がれた。

「おい、美緒」

 文句を言いたそうな鉢屋から距離を取り、私は機嫌のよい久々知君の隣に座って、持ってきた冷たい手拭いを目の上に乗せて、わずかに上を見上げた。

「はー、きもちー」
「美緒ちゃんて、泣き虫だよね」
「そーかなー?」

 クスクス笑う声に、手拭いを少しずらして様子を見ようとすると、上から誰かに押さえつけられる。

「私が泣かしたわけじゃないからな」

 不機嫌そうな鉢屋の声はすぐ上から聞こえてくる。
 どうやら、手拭いを抑えているのは彼のようだ。

「……ちょっとね、今日はいろいろあるのですよ、うん」
「色々?」
「そうだ、久々知君は料理が得意って言ってたよね」

 体ごと向き直ろうとすると、肩と手拭いを抑えられる。

「美緒、動くな」
「ちょっ、今ぐきっていったよ、鉢屋、ぐきってーっ」

 文句を言う私を優しく笑う不破君の声が聞こえる。

「料理っていっても、兵助のは豆腐限定だよ」
「そうなの?豆腐で南蛮料理なんて、麻婆豆腐ぐらいしか知らないからだめだもんなー。
 て、麻婆は中華か」

 困ったなと私が考えているのは山田先生の奥さんに披露する南蛮料理で、うんうんと唸りながら、献立を考える。

「材料は利吉さんに頼むにしても、私もそんなに引き出しないしなー」
「美緒?」
「おーい、美緒さんー?」
「完全に自分の世界に入っちゃってるな」

 考え込んでいた私は、急に目の前の重さがなくなったので、目を開いた。
 そこにあるのは逆さまの鉢屋の顔で。
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