おかえりなさい(完結)

□4#六年生の贈り物
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「ふんふんふふーん」

 久しぶりの外出に心踊り、私はつい鼻歌を口ずさんでいた。
 誰もいないからと、笑顔で見上げる空はなんだかとっても澄んでいて。

「ご機嫌だな、美緒」
「ひあっ」

 唐突にかけられた声音に、素直な驚きが飛び出る。

 振り返ると、いつのまにか長椅子に凛々しい青年と疲れた顔の男が二人。
 親子というには歳が近い気がするし、友達というには離れすぎに見える。
 だが、これでいて二人は同い年の学友なのだという。
 しかも、私とも同い年だときいたときは、互いに嘘だといいきったものだ。
 前者であり、声をかけてきたのが立花仙蔵君、後者が潮江文次郎君という名前である。

「いらっしゃい、立花君、潮江君。
 他も後から来るの?」
「ん?」
「さっき、土井さんときり丸たちがきて、今日から休みなんだって教えてくれたの」

 そうなのか、と話しているとぼそりと小さな声で催促される。

「ああっ、ごめん、中在家君」

 催促してきたのは無口な中在家長次君だ。
 私は慌ててパタパタと奥に戻り、六人分の湯呑みを手に戻る。
 まだ三人だったけど、たぶんすぐに来るはずなのだ。
 だって、此処に来るときは決まってそうなのだから。
 彼らは戸部さんの勤め先に通う生徒たちで、土井さんや山田さんはその同僚だと聞いている。

 戻ってくると案の定、中在家君の隣には七松小平太君と食満留三郎君がいて、それから善法寺伊作君と六人揃っている。

「いらっしゃい、中在家君、七松君、食満君、善法寺君。
 ……応急箱が必要みたいね」

 苦笑と共に私が付け足したのは、善法寺君があまりにあんまりな格好だったからだ。
 まるで、落とし穴に落ちた後みたいな。

「あはは、いつものことだし、美緒も構わなくていいよ」

 なんでも後輩に穴掘り名人とまで言われる者がいて、善法寺君はよくそれに落ちるのだとか。

「そうもいかないよー。
 これから帰るんなら、余計にもう少し綺麗にしないと、親御さんが心配されるでしょ。
 奥で着替えてって」

 本当にいいのに、という善法寺君を私は奥の座敷へと案内する。
 これが初めてというわけでもないから、彼は迷いなく私の前を歩く。

 奥座敷には常に男物と女物の両方の着物が備えられている。
 誰が使うのかは知らないが、私が来る前からこうなのだと聞いている。
 最初は一着ずつしかなかったそれを少しずつ増やしているのは、主に私と店の客だったりする。

「ほらほら、これとかどう?」

 善宝寺君に濡れた手拭いで汚れを落として貰いながら、私は男物の着物のひとつを差し出す。

「美緒、また買ったんだ」

 それに対し、善宝寺君は苦笑いで返して来た。

「染物屋さんが商ってくれたから、増やしちゃった。
 戸部さんに似合いそうでしょ」
「おまえの趣味はよくない。
 それは留三郎のが似合う」

 座敷で話していると、入口から立花君の声がかかる。
 どうやら奥座敷についてきてたらしい。

「俺?」

 そして、自分の名前が出たことで、食満君まで寄ってきた。
 もともと四畳程度しかない座敷はそれだけで狭くなる。

「そうかなぁ」
「留さんてより、長次じゃないかな」

 善法寺君と二人で首を傾げる。
 そうして話している間に座敷に上がり込んだ立花君が女物をひとつ引っ張り出してきた。

「美緒、これを着てみろ」

 見たことのない柄なので、私は戸惑って眉根をよせた。

「着ないよ」
「いいから着てみろ」
「やだ、それ、高そうだもの」

 ぎくりとした反応をみせたのは、意外にも差し出している立花君ではなく、善法寺君のほうだ。

「そんなに高いものじゃない、と思うよ」
「高いって」
「高くない」
「そんな肌触りの良さそうな生地に金糸銀糸まで入れていて、派手にしか見えない着物なんて、一介の茶屋の娘が着るものじゃないよ」

 時々、今では本当に稀だけど、私が見た覚えのない着物が混ざっていることがある。
 もちろん、戸部さんや山田さん、利吉さんが置いておいてというものもあるし、常連さんがおいていくこともある。

 だけど、それ以外で置かれる知らない着物ーー特に女物というのは目の前の立花君とか若い男の子や女の子たちが私にくれる贈り物のようなものだ。
 もちろん、貰う理由のない私は丁寧にお断りすることにしている。

「立花君、善法寺君、センスは悪くないと思うけど、これは貰えない。
 私には立派すぎるよ」
「そんなことないって。
 美緒はいつも地味すぎる格好だから、そう思うんだろ。
 仙ちゃんが見立てたんだから、絶対似合う!」

 否定したのは、入口から顔を出した七松君で、いつもの太陽みたいな眩しすぎる笑顔を向けてくる。
 つまり、彼も噛んでるってことだろうか。
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