おかえりなさい(完結)

□3#似ているから
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 ぽん、と肩に手が置かれて、私がびくりと飛び上がってしまったのは、きり丸の最後の言葉を考えていたからに他ならない。
 まだまだ子供のきり丸、親が恋しくないわけじゃない。
 でも、生きるためには落ち込んでなんていられなくて、私のこれはただの同情にすぎないのかもしれないけど。

「どうしたの、美緒」
「利吉さん」

 そこにいたのは見慣れた顔で、彼は振り返った私の顔を見てから、何故か抱きよせた。
 利吉さんの肩口に顔を抑えつけられて、少し息が苦しい。

「美緒、君さえよければ……」

 いつもハキハキと話す利吉さんにしては、どこかためらうような声に、口をはさむのを躊躇う。
 でも、私を抱きしめる手が、肩に食い込んで、痛い。

「痛いです、利吉さん」

 力が緩められたが解放はされずに、肩口で溜息をつかれた。

「……ここまで脈なしってのも、傷つくなぁ……」
「あの、お茶をお持ちするので、離してください」

 私は利吉さんから解放されて直ぐに奥に戻り、お茶を持って戻る。
 そうすると、座っている利吉さんの手元には、山田さんに渡した風呂敷があった。
 山田さんにでも頼まれたのだろうか。
 ということは山田さんは来てくださらないということだ。
 少し残念。

「また思い出したって?」
「はい」
「ろしあんるーれっと、どういう意味?」
「えーっとですね、例えば白玉がいっぱいあって、中に全部餡が入っているとします。
 そのうちの一つをこっそり山葵とかに替えて、それを当てる遊びなんです。
 元は度胸試しみたいなんですけど、そのお遊び版ってことで」
「へぇー」
「ロシアンっていうのは外国の名前で、ルーレットっていうのは回転する円盤に球を投げ入れ、落ちる場所を当てる遊びのことです」

 話を聞いている間の利吉さんの真剣な目はやはり親子なのか、山田さんとよく似ている。

「他に思い出したことは?」

 立ったまま、いいえ、と首を振る私の手を座ったままの利吉さんが掴んで、まっすぐに見上げてくる。

「気にしなくていい」
「え?」
「たぶん、以前にあったのと同じだろう。
 言葉だけ思い出したっていう」

 それだけしか思い出せないという不安にこくりと頷く私を、利吉さんは優しく笑う。

「もう誰も君がどこかの忍者だとか、そういうことは疑わないから。
 だから、そんなに不安そうな顔をしないでくれ」
「不安そう、ですか?」
「もしかして、自覚ない?」

 ああ、そうか、とやっと納得する。
 土井さんに指摘されてから、ずっと落ち着かなくて、誰かに話を聞いてほしくて、違うのだと言って欲しかったのだ、私は。

「……やだ、子供みたい」

 顔に熱が集まってきて、隠してしまいたいのに、利吉さんは手を離してくれない。

「あの、離してください」
「なんで?」
「な、なんでって、恥ずかしいからに決まっているじゃありませんかっ」

 よく見れば、利吉さんの顔は意地悪く笑っている。
 間違いなく、からかっているのだ。
 振りほどこうとするが、利吉さんの手はびくともしない。

「利吉さんっ」
「くっ、はははっ!」

 笑い出して、やっと手を離してくれた利吉さんは、笑いながら私の前髪に手を伸ばして、くしゃりと撫でる。

「わ、わら、笑い事じゃないですっ!
 もう、やだ、絶対にこのことは山田さんに言わないでくださいねっ?」
「私も山田なんだけど、」
「そんなことわかってますよっ。
 でも、山田さんを名前でお呼びするわけにはいかないから、山田さんは山田さん、利吉さんは利吉さんでいいんです」
「……それは、私が山田伝蔵の息子だから?」
「あたりまえじゃないですか」

 私が即答すると、利吉さんは少し笑ってから、深い溜息をついた。
 なんで、そんなに疲れているのだろうか。

「さっき、美緒が土井先生ときり丸たちを見送ってた時に何を考えてたの?」

 どきりと、胸が軋む。
 あの時すぐに声をかけてきた利吉さんには見抜かれている気もするけれど。

「なんの、ことですか?」
「美緒は嘘が下手だよね。
 本当、忍びには向いてない」

 それはもうずっと前に言われたことだ。

「お兄さんに、正直に話してごらん」
「……お兄ちゃん?」
「いや、やっぱり今のは無しで」

 山田さんと同じ、優しい手がくしゃりと私の前髪を撫でる。

「淋しいって、思ったんだろ」
「そんなことないです」
「ほら、また嘘ついた」
「嘘なんかじゃないですっ!」

 声を張り上げた利吉さんが驚いた顔で私を見ている。
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