おかえりなさい(完結)

□2#ろしあんるーれっと
1ページ/4ページ

ドリーム設定





 誰もいない店先で、私はのんびりと空を見上げる。
 傍らには自分で淹れたお茶と試作の白玉団子。
 中身は、いろいろ。

 遠くから走ってくる小さな人影を、私は腰をあげて迎える。

「美緒姉ちゃんー!」

 走って来たはずの少年は息も乱さずに私に抱きつく。
 名前はきり丸、という十歳の男の子だ。
  きり丸はくせのある肩口ぐらいの長さのクセのある直毛で、後ろの高い位置で一つに結わえている。
 少しつり目な上、お金関係となると銭の形になるのは、どこかで見たような気がするのだけど、思い出せない。

「久しぶり、きり丸。
 早速だけど、試食する?」
「また新作作ったの?」
「うん、今回はロシアンルーレットの白玉だよ。
 普通の餡子と花蜜とみたらしの他にひとつハズレ入り」
「ハズレ?」
「んっふっふっ、食べてのお楽しみってやつ。
 ハズレを引いたら、お代はいただきません!」
「美緒姉ちゃん、それは当たりじゃねえの?」
「まあまあ、で、やる?」
「やる!」

 よしよし、ときり丸の頭を撫でてから、私は店の奥に戻った。
 盆には新たに用意したみっつのお茶と、冷たい水だ。

 きり丸のもとに戻ると、案の定ひとり増えている。
 きり丸の保護者だという二十代半ばの男だ。

「こんにちは、美緒」
「いらっしゃいませ、土井さん」

 お茶を差し出すと、受け取って直ぐに傾ける。

「土井さんときり丸とお二人でいらしたということは、しばらくは学園がお休みになるんですか?」
「そうなんです」

 土井さんときり丸は、同じ学校の教師と生徒という関係だ。
 土井さんが身寄りのないきり丸の保護者がわりをしているのだと、出会った頃にきいている。
 放っておくと、きり丸はバイト三昧で休むことをしないのだとか。

「あれ、お友達は一緒じゃないのね、きり丸?
 乱太郎としんべエはどうしたの?」

 きり丸と中の良い二人の名前を出して尋ねたが、当人は白玉を選ぶことに真剣だ。

「すぐに来るよ。
 ……うーん、これにする!」

 悩んでいたきり丸が白玉をひとつ口に放り込む。
 眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたきり丸は、少しだけ残念な顔をした。

「どうした、きり丸?」

 理由がわかる私は、きり丸にお茶を渡しながら、くすりと小さく笑う。

「ハズレは引けなかったみたいね」

 聞き返す土井さんに事情を説明すると、呆れられてしまった。

「美緒はたまに妙なことを思いつくね」
「そうですか?」
「その、ろしあんなんとかってのは、南蛮の言葉みたいだけど、第三協栄丸さんにでも聞いたのかい?」

 え、と私は目を丸くする。
 そういえば、誰に聞いたのだろう。
 知らない間に知っているというのも変だが、これは空白の記憶の中のひとつなのだろうか。

 だったら、素性を調べてくれている山田さんの手助けになるのかもしれないし、すぐにでも知らせたほうがいいだろう。

「美緒姉ちゃん?」

 落ち着きない私にきり丸が不安そうな顔をする。
 確かに焦ってはいるが、心配ないよと私は小さな頭を撫でる。

「ちょっと思い出したみたいだから、山田さんにお知らせしたほうがいいかなって思っただけだから」

 きり丸と土井さんは、私が戸部さんに拾われたことも、それ以前の記憶が無いことも知っている。
 特にきり丸は同じ戦災孤児だからか、私が思い出すことに不安を強く感じるようだ。

「思い出したの?」
「ほら、さっきのロシアンルーレットって言葉、ここの言葉じゃないんでしょ?
 それが鍵になるかもしれないじゃない」
「……とか言って、それを口実に利吉さんに会いたいだけだったりして」
「え、なんで利吉さん?
 お知らせするのは山田さん……あ!」

 しまった、と口を抑える私の顔は熱を持ち始めているから、二人にもばれているだろうか。
 気づいたきり丸が、これ見よがしにため息をつく。

「美緒姉ちゃん、趣味悪ぃー」
「きり丸に山田さんの良さはわからないわよー。
 ね、土井さん?」

 話を振った土井さんを見ると、困った様子で苦笑しつつ、頭をかいている。

「土井さん?」
「美緒、以前にも同じことがあったのを覚えているかい?」
「そう、でしたね」

 そういえば、言葉ひとつに振り回されて、かなり山田さんたちに迷惑をかけたことを思い出した。
 その時に戸部さんの勤め先にも迷惑をかけてしまったんだ。

「へへへー」

 ポンポン、ときり丸の頭を軽く撫でる。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ