あなた〜のために2(完結)
□[2] 6#それでも一緒にいたいから
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「寒くはござらんか」
「はい」
早馬の背に揺られながら、私は真田幸村に抱きかかえられるようにして馬に乗っていた。
流石に、政宗様ほどに乱暴な運転ではないので、安心して背を預けることは出来る。
でも、私は馬の首にしがみつくようにして乗っているだけで、真田幸村と触れることは少ない。
こうなる数刻前、私は信玄様に暇の挨拶に行った。
そこで、真田幸村に送ってもらうようにと告げられたのだ。
彼にも、西へ行く役目があるのだと。
私の目的も西にあるから、丁度いい、と。
正直、もう誰かと関わるのは嫌だったけれど、どうしてもと信玄様にお願いされて、頷かないわけにはいかなかった。
(こんな化物の心配より、自分の心配をするべきなのに)
信玄様は病床にありながらも、私を心配してくれる。
まるで、本当の娘みたいに。
「待たなくてよいのか」
そう、訊ねられた時、私はちゃんと笑えたはずだった。
「いいんです。
あの方の隣に、私みたいな化物はいないほうがいいんですよ」
「……葉桜殿」
「信玄様もご存知でしょう?
舞姫はヒトと共には暮らせません。
特に最後の舞姫となってしまった私は、次の舞姫が現れるまでの果てない時を生きなければなりません。
だからーーもう、いいんです」
別れは必ず訪れる。
それが早いか遅いかというだけの話だと。
最初に目覚めた夜に、私はちゃんと片倉様にも伝えた。
だから、もう、いい。
「葉桜殿、少し眠っても良いで御座るよ」
「ん」
背を軽く叩く手に促されるように、ゆっくりと私は微睡みに落ちてゆく。
最初から、不釣り合いなのも不似合いなのもわかっていた。
それなのに、どうして、求めてしまったのだろう。
願ってしまうのだろう。
「……っ」
涙を隠すように、私は馬の鬣に深く顔を埋めた。
私の覚醒を促したのは、遠くから聞こえる別の馬の駆ける音だった気がする。
それに胸騒ぎを感じた私は、すぐさま手綱を力いっぱい引いていた。
「葉桜殿っ?」
「……片倉様……?」
虚空に問いかける私を周囲がどう思うかなんて関係なかった。
心が、ひどく騒ぐ。
「真田の旦那っ」
丁度上空を滑空する佐助が追いついてきた。
その目が一瞬私を見たことで、私は確信してしまった。
近くに、片倉様がいる。
ーー会いたい。
でも、どんな顔で会えばいいのだろう。
別れを覚悟して奥州とはまったく違う方向へ向かっているのに、まさかそんな奇跡が起きるなんて思ってもいなかった。
「葉桜殿、どうなさるか」
問いかけてきた真田幸村を振り返らずに、私は迷う。
会いたい、会えない、会いたい、会えない。
でも、会いたい。
「葉桜っ」
後方から片倉様の声が聞こえたら、もう勝手に体が動いていた。
馬を飛び降り、跳ねるように声に向かって走りだす。
近づいてくる変わらない姿に安堵し、馬から降りた片倉様の胸にしっかりと抱かれたら、私はさっきまでの不安も何もかも一辺に吹き飛んでしまった。
「っ、片倉、様、が、遅い、からっ」
その胸を叩いて、子供みたいに泣きじゃくって、馬鹿みたいにただ縋り付いて。
「不安でっ、怖くてっ」
どう見ても八つ当たりなのに、片倉様は全部受け止めてくれた。
落ち着いてから、私は自分の醜態が恥ずかしすぎて、周囲を見ることができなくなった。
特に、真田幸村とか佐助とか。
佐助は、とっくに姿を隠しているみたいだけれど。
「良かったで御座るな、葉桜殿」
そう言ってくれる真田幸村は少しだけ目を潤ませていた。
「真田幸村……?」
怪訝そうな片倉様の襟を掴んで、その耳に囁く。
「幸村様も私の本当の姿が見えるとおっしゃってました」
「っ、そうなのか」
驚いている片倉様から一歩前に出て、私はきちんと頭を下げる。
「幸村様、送っていただいて有難うございます」
顔を上げて微笑む私を、真田幸村は少し眩しそうに見ているようだ。
「某の思った通りでござるな。
葉桜殿は片倉殿の隣にあったほうが、良い顔をなさる」
「そう、でしょうか?」
「自信をお持ちください、葉桜殿。
ーー貴女と片倉殿はよくお似合いでござる」
不安を見ぬかれて、私は目を丸くした。
口にしたことはなかったのに、何故わかったのだろう。