あなた〜のために2(完結)
□[2] 4#信じること
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甲斐では意外なことが待っていた。
久しぶりにあった真田幸村は、私を見て、いきなり顔を赤らめたのだ。
その時の私はまだ佐助に抱えられたままでいたわけだが、私が他の者のように子供にしか見えていないなら、絶対にありえない反応だ。
(まあ、大人の姿で見えていてもそこまで自信はないが)
「あれ?」
「……真田の旦那、もしかして見えるの?」
佐助が尋ねると真田幸村は視線をひと通り彷徨わせてから、深く頷いた。
逃げないだけマシかぁと、佐助がつぶやいているのが気になる。
「え、えーと?」
「知らなかったようだから言っておくけど、絶対にミヤにしか見えないわけじゃないんだよね。
稀に、素で舞姫の本当の姿を見てしまう人間がいるとは聞いてたけど、俺様も実際に見たのは初めてだよ」
「えー……」
そんなこと、聞いたことないんだけど。
記憶を探ってもどこにも見当たらない。
「なんで見えるの?」
「……真田の旦那はおこさまだからなぁ……」
意味がわからない答えしか帰ってこない。
「と、とにかく、佐助と来たということは既に事情はきいておるのであろう。
早速だが、診てもらえぬか」
医者じゃないんだけど、と呟きつつも先に歩き出した真田幸村を私は追いかけた。
かなりの早足で、後ろを確認もしないから、私は走るほかない。
くっ、ただでさえ、足の長さに差があるっていうのに。
「幸村様、幸村様っ」
「おおおおおお御館様はおおおおおお奥のぉぉぉぉぉっ!?」
やっと追いついて、横から顔を覗くと、それだけで何故か横に飛んで逃げられた。
「ーー佐助ぇ、私も流石にちょっと傷つくよ」
「気にしないでやって」
こっちだと佐助に連れられて私が来たのは、この館に初めて来た時と同じ部屋だった。
あの武田の盾なしの鎧が飾ってある部屋で、大きな布団に横たわっていたのは、信玄様だった。
「……信玄様」
私が小さく呟くと、近くへと手招きされる。
私は側に膝をついて、深く深く頭を下げた。
「あの時は色々と手を貸していただきまして、有難うございました」
「なんのことか、わからぬな……っ」
咳き込む信玄様を冷静に見つめていると、周囲がバタバタと介抱してゆく。
私は私が今できることをするために、ただそれを眺めているだけだ。
しばらくして落ち着いた後でもう一度近くへと呼ばれた。
信玄様は手を伸ばして、私に触れて、嬉しそうに笑う。
「また会えるとは、これも都の導きか」
信玄様には私がどう見えているのかわからない。
でも、今は何を言うつもりもない。
私は一度目を閉じ、静かに告げた。
「私には何も出来ません」
ぎゅっと膝の上に置いた手を握り締める。
信玄様の病は、私には癒すすべがない。
そもそも、舞姫に本当に人を救う力などない。
「……力及ばず、申し訳ありません」
「よいよい。
もとより、そのために呼んだわけではないのでな。
わしはただ、可愛い娘の姿が見たかっただけ故、な」
私の膝を叩く信玄様の優しい声が、辛い。
あの時だって、たくさん手を貸していただいたのに、私には何も返すことが出来ない。
「ミヤは、決めたのか」
「はい」
「誰とは聞かぬ」
「はい」
「その者が迎えに来るまで、ここでしばし休まれよ」
「…………………………はい」
それから、すぐに私は信玄様の前から退席した。
あまり長く話して体に障るのも良くはないだろう。
なんとなく、庭に降りて、咲き乱れる躑躅を見ながら、私はぼんやりとしていた。
役目のために奥州から飛び出してきたのに、やれることがない。
手持ち無沙汰で、余った時間は私の不安を煽る。
「どーしたの、ぼーっとしちゃって」
「佐助」
隣に立った佐助を見上げ、私は苦笑する。
「ん、今更だけど、奥州をあんな風に出てきて、片倉様は怒ってるだろうなぁって。
もしかして、嫌われたかなぁ、なんて、さ」
泣きそうになって、私は佐助に背を向け、努めて明るい声を上げる。
「柄にもなく、不安になったわけよ」
「そりゃあ、怒るでしょうよ。
……前のこともあるし、右目の旦那が来たら、俺様は呼ばれても出てこないからね」
「わかってるよ」
軽く地を蹴り、私は少し離れた場所にしゃがみこむ。
そこにはカエルが一匹いて、私をじっと見上げていた。
ぱっと捕まえて、手の上に乗せるが、逃げる気配もなく私を見ている。