あなた〜のために2(完結)

□[2] 3#三日目の午前の事
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 片倉様の一日が早いことを知るようになるのは、割りと最初の頃からだった。
 そりゃ、一緒に暮らしていれば至極当然のことだ。
 あの初めて泊まった日も、日の昇る前から起きだす気配に、なんとなしに私は目を開けていた。
 それから体を起こし、眠い目をこすりつつ、顔を洗う片倉様の後ろに立つ。

「起こしちまったか」
「んーん、はよーごやいまふ」

 寝ぼけて呂律の回らない口でなんとか挨拶すると、苦笑しつつ、頭を軽く叩かれる。

「まだ寝ててもいいんだぞ」
「ふぁーあ、んー、もう起きぅ……」

 ふらふらと水瓶から柄杓で水を掬い、手にかけるとひやりと冷たい。
 その冷たさを顔にもピシャリとかけると、急に目の前がはっきりと見えてくる。
 さらに、数度水で顔を洗って、手ぬぐいを忘れたことに気がつく。

「ほら」

 顔に押し付けられた手ぬぐいで私の顔を拭いてくれるのは、片倉様だ。
 どう見ても子供扱いだが、不思議と反発は起きない。
 寝起きだからか、片倉様だからかはわからないが、生来世話焼きなのは、なんとなくわかっていた。

 手ぬぐいで拭かれ終わってから、私がその向こうの片倉様を見ても、既に背中しか見えない。
 手馴れているなーと小さく笑いながら、その大きな背中に抱きつく。

「おはよーございますっ」
「っ」

 一瞬片倉様が固まったような気もするけれど、私は軽い足取りで布団へと戻る。
 布団を仕舞ってから着替えて、最後に舞扇を胸に挿す。

 朝餉は城で取ると聞いているので、また土間へ戻るが、そこに片倉様の気配はない。

「……片倉様?」

 ほんの少しの心細さに声をかけるが、返答はない。
 畑だろうか、と外へ出ると、思った通りの背中が見えて、私はほっと安堵の息を吐いた。

 そういえば、朝はいつも城に野菜を持っていくのだと言っていた気がする。
 手伝えることはあるだろうかと考えながら、私は手近な葉を手に取り、そっと撫でた。

 作り手の片倉様の温かさが流れ込んできて、私を十分に満たしてゆく。

「……ありがとう」

 小さく声をかければ、戻ってきた片倉様が不思議そうに私を見ている。
 だけど、それは今まであったような嫌な感じはなく、純粋な興味だけのような。

「力を分けてもらっていたんです。
 あの、昨日のアレとか、食事でも力にはなるんですけど、自然から分けてもらうことで、多少は食事を取らなくてもよくなるんですよ」

 死ぬことはないけれど、やはり毎日空腹にはなる。
 それでも、旅をしていれば食べられない日もある。
 そういう時によくやるのだというと、不機嫌そうに眉を顰められてしまった。

「ちゃんと飯を食え」
「はーい」

 歩き出す片倉様の隣に並んで、私も歩く。
 片倉様と私では歩幅も違うので、私は少し小走りだ。
 そうして、城内に入るまで互いに無言だったが、不思議と重苦しい感じはしなかった。

 私は子供の頃のように、跳ねるように歩いたり、走ってみたりして、片倉様の周囲を歩き、片倉様はゆっくりと道を踏みしめるように歩く。
 二人で歩いているというただそれだけが、私は楽しくて、嬉しくて。

「元気だな、葉桜」
「はいっ!」

 少し先まで走っていった私に、片倉様が声をかけてくださったので振り返ると、穏やかに微笑んでおられた。
 嬉しいな、楽しいな、と自然と私はまた足取りが弾む。

「そういえば、今日はなんで私もお城にあがるんですか?」

 理由は聞いていなかったなと、改めて尋ねると、片倉様は足を止めた。
 そのままじっと私を見つめてくる。

「な、なんです、か?」
「葉桜には俺の手伝いをしてもらおうと思っている」
「……手伝い?」
「政宗様の見張りだ」

 ああ、となんとなく合点がいく。
 前に滞在していた時に、お城の人たちから私がいると政宗様が仕事をしてくださると感謝されたっけ。

「片倉様は?」
「……俺もいるに決まっているだろう」

 渋面する理由は政宗様に会って直ぐにわかった。

「葉桜」

 なんの躊躇いも戸惑いもなく、私を膝に載せる政宗様はまったくお変わりないようだが、片倉様の眉間の皺は何倍も増えた気がする。

「政宗様たちには私が子供のままに見えるんですよね」
「あー、流石にガキには欲情しねぇから落ち着け、小十郎」

 苦笑している政宗様だけど、だったら私を膝から下ろせばいいと思う。
 そう進言したら、嫌だと抜かしやがりました。

「また勝手に消えられちゃ困るからな」
「困る?」

 なんでだと問うと、何故だかぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、額に口付けられた。
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