あなた〜のために2(完結)
□[2] 2#二人だけの夜
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起きて翌日には私は片倉様と城を後にすることができた。
政宗様は何かと理由をつけて、私が城にいるようにしようとしたみたいだけど、片倉様が全部抑えてしまった。
そして今、私は片倉様と畑の前にいる。
片倉様はちょっと待ってろといって、畑に入っていったきりだ。
手持ち無沙汰な私は、そのへんの石に座って、少しずつ陰ってきた空を眺める。
あと二刻ぐらいで日が暮れてしまいそうだ。
ゆっくりと深呼吸すると、ここは片倉様の匂いと気配にあふれていて、私は心が満たされてゆくのを感じる。
充実した気は呼吸するのと同じくらい自然に世界に溶け込み、目を閉じると世界が見渡せてしまう。
夢のなかにいるように微睡んで、ゆらゆらと漂う。
「葉桜っ!?」
ひどく焦った片倉様の声で、私は目を開いた。
息を切らせた片倉様が私に手を伸ばし、加減もなく両肩を掴むので痛い。
「痛いです、片倉様」
私がそれを訴えると、不安そうに瞳を揺らしている。
「……すまん、葉桜の姿が一瞬揺らいで見えて……」
消えてしまうかと思ったのだと言われて、私は目を見開いた。
自分の体に目を落とし、片倉様を見る。
「消えてませんよ?」
「そうみえたんだ」
どういうことだろう、と首を傾げていると、中へ入るぞと促され、畑のそばに立てられた極普通の家屋に案内される。
中に入って直ぐ、私は片倉様に強く抱きしめられた。
「驚かせんじゃねぇ」
そんなつもりはなかったのだが、心配されるのは心地よいのと同時に戸惑う。
「何をしてたんだ?」
「片倉様を待ってただけですよ。
座って、空をただ眺めてました」
「そうか」
私がそう報告すると、片倉様は苦笑しながら、収穫物を持って離れてゆく。
「政宗様と成実様は城下で夕餉なんですかね?」
「……なに?」
私が何気なく言うと、眉間に皺を寄せて、私をみている。
何か変なことを言っただろうかと考えてみたものの、思い当たらない。
「さっき、二人で綺麗な姐さんたちと呑んでるのが見えた……あ」
そこまで口にしてから、私はやっと自分の失言に気がつき、顔をこわばらせた。
気が緩んでいるせいか、それとも長い間濃い眠りの中にいたせいか、少し感覚がおかしくなっているみたいだ。
さっき片倉様が消えてしまうかと心配したのはこのせいもあるのだろう。
「葉桜、どうした?」
私の前にしゃがんだ片倉様が気遣わしげな目を向けてくる。
怖がられていないことに胸を撫で下ろし、ゆるく笑う。
「……お腹、空きましたね」
少し怪訝そうにしていたものの、片倉様はすぐに作るから待っていろと言って、私の頭を撫でる。
私はその手を掴み、くるりと位置を入れ替える。
「食事ぐらい、私が作りますよ。
片倉様は座って待っててください」
「葉桜はまだ病み上がりだろう」
「治ったって、政宗様に言ったのは片倉様ですよ」
「っ、あれは……っ」
待ってくださいね、と私は勝手場に立つ。
と、すぐに隣に片倉様も立った。
「手伝うぐらいなら、かまわねぇだろ」
「は、はいっ」
そうして、二人で夕餉を作り、二人で食べて、二人で片付けまで終えた後で、片倉様は私の正面に膝を突き合わせて座り、問いかけてきた。
「隠し事はしねぇって言ったな」
顔を背ける私の両手を片倉様が掴む。
やっぱり夕刻のあれはごまかせないな、と諦めて私は笑った。
「……私って、根っからの舞姫らしいんですよね。
昔から、ちょっと気が緩むとすぐ飛んじゃうっていうか」
どう話したものか、考えながら話していたが、通じるはずもない。
私も回りくどくするつもりもない。
「片倉様を待っている間に、すっごく気分が良かったんです。
片倉様の気に満ちたこの場所は、私にとって里にいた時と同じくらいに心地よくて、気が緩んでしまって……気がついたら、城を抜けだした政宗様たちが見えてたんです」
その時の私が、片倉様には消えてしまいそうに見えたのかもしれませんね。
なんて、笑いながら言ったものの、自分でもこんな人ではない自分のことを話すのは、なんというか寂しい。
自分が人ではないのだと言わなければいけないのが、ひどくつらい。
片倉様と違うというのが、たまらなく哀しい。
「本当に消えてしまうということはないんで、安心してください」
いなくなることはないとはっきり言ったが、片倉様はまだ不安そうだ。
こんなに大きな人なのに、こんな時ばかり小さな子どもと変わらない。