あなた〜のために2(完結)

□omake#名前で呼んで
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 道場内に木刀を鋭く打ち合う心地良い音が響いている。
 相対しているのは、私と片倉様だ。

「はっ!やっ!」

 私の打ち込みを全て受け流す片倉様の手並みは鮮やかで、弄ばれている感さえするが、私だってそれだけで終わらせるつもりもない。
 これでも毎日この人と稽古を重ねているのだ。

 一度間をとって、息をつく。
 私の呼吸が整うのも早くなったのは、体力がついたせいだろう。
 毎日片倉様の美味しい野菜を食べていれば、嫌でも体力はつく。
 ーー体力は、必要だ。

「終わりにするか?」

 苦笑しながらの気遣いの言葉に、私は口端を上げてにやりと笑う。

「私が一本とったらねっ」

 打ち込んだそれは易々と交わされ、片倉様も楽しそうに目を細められている。
 こういう日々は失われたものだっただけに、私はとても楽しい。

「Hey、なんで二人共休みのくせにここにいる」

 政宗様の声に、私たちは手を止めて、戸口を省みる。
 そこには呆れた様子の政宗様と。

「慶次!」

 久しぶりに合う知人に、私は満面の笑顔で飛びついた。
 慶次は夢吉と同じように私を抱きかかえてくれる。

「元気そうで安心したよ、葉桜」
「慶次も変わりないね。
 久しぶりに一本やる?」

 話していると、急に後ろから肩を捕まれ、引っ張られる。
 また政宗様かとおもいきや。

「片倉様?」
「まだ俺との勝負中だろ。
 ……余所見してんじゃねぇ」

 低い声で唸るようにつぶやいていたが、どうやら政宗様には聞こえたらしく、お腹を抱えて笑っている。

「片倉さ…まっ?」

 重い一撃を受け取りながら、何故か怒っている様子に私は慌てた。

「え、え、な、何を怒っていらっしゃるんですかっ?」

 答えはなく、重い一撃だけが繰り返され、さすがに手が痺れてきた。
 このままじゃ、私の負けだ。

「ま、待って!」

 急いで床を蹴って間合いをとろうとしても、すぐさま追いつかれてしまう。
 本当にもう、限界なのに。

 とうとう下がる場所までなくなった私は、壁際にぴったりと張り付いたまま、振り下ろされる一撃にぎゅっと両目を閉じた。

 ーーでも、その一撃はなかなかこなかった。

「小十郎、いいかげんにしてやれ」

 政宗様と慶次が間に入ってくれていた。

「いくら葉桜と風来坊が仲がいいったって、それで葉桜に当たることはねぇだろ」
「っ」

 え、と私が目を見開いて片倉様を見ると、その顔がみるみる強張ってゆく。
 つまり、本当に?

「……妬いて、くれたんですか……?」
「政宗様、何故ここにおられるのですか。
 本日の執務は午前中で終わる程度のものではなかったと思いますが」

 話題を切り替える片倉様の前に立ち、私は真っ直ぐにその顔を見上げる。

「ね、妬いたの?」

 袂を掴んで囁くと、少し私を凝視した後で、片倉様は顔に手を当てて息を深く吐いた。

「……手ぇ、痛いだろ」
「うん」
「手当してやるから、行くぞ」
「っうん!」

 片倉様の手を掴んで歩き出すと、ほんの少しだけ機嫌が良くなったのか、片倉様が微笑んでくれた。
 嬉しくなって、私も笑い返す。

「恋はいいもんだよなぁ」
「あんた、あれを見てもそう思うのか?」
「当然だろ。
 ーー葉桜は笑ってるほうがいい」
「それは同感だな」

 うんざりしたような政宗様と、いつもどおりに楽しそうな慶次の声を拾って、私はふふっと笑零した。

「ねえ、片倉様」
「………」
「片倉様?」
「小十郎だ」
「え?」
「小十郎と呼べ、葉桜」

 あれ、え、え、え?

 足を止めた私を一歩先にいる片倉様が真っ直ぐに見つめてくる。
 今更、名前でなんて言われると想わなかった。

「え、えと」
「どうした。
 風来坊や政宗様は名で呼べても、俺は呼べねぇのか」

 声の中にわずかに拗ねた響きを感じ取り、私は目を見開く。
 そういえば、無意識かもしれない。

 名前で、呼ぶ。
 片倉様を?ーー呼びたいに決まってる。

 口を開くが、声が出ない。
 体が熱い。

「あ……」
「葉桜?」

 近づいてきた片倉様の手が私の額に触れる。
 それが、限界だった。

「あ、おいっ?」

 へなへなと座り込む私の前に片倉様がしゃがむけれど、直視できない。

「……そんなに嫌だったか?」
「違っ!
 ぎゃ、逆ですっ」

 理解できないと眉間に皺を寄せる片倉様を手招きし、その耳元に口を寄せる。

「えと………………こじゅろうさま」

 たっぷりの間をおいて口にしたけれど、やっぱり恥ずかしい。

「うわ、もうダメ!
 走ってきますっ!」

 逃げ出そうとした私は、すぐにその腕に捕まる。

「逃げなくていいだろ」
「もう、もう、もう!
 無理ですっ!
 恥ずかしすぎるーっ」

 じたばたと暴れる私の耳元に片倉様が囁く。
 それを聞いて、私はとりあえず暴れるのはやめた。

(この人、やっぱり政宗様を育てた人だ……!)

 想いが通じ合ってから、私は何度目かの衝撃に固まってしまったのだ。
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