あなたが笑っていられる世界のために
□7#いつきとの再会
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翌朝、私は遠くの人の話し声で目を覚ました。
それは一度夜中に目を覚ました時に開け放したままだった窓から、風に乗って届いたもので、寝ぼけながらも聞き覚えのある声だったことだけ感じ取ったのだ。
ここで聞くはずのない、いつきの声。
(いつき?)
がばっと勢いよく起き上がり、慌てて窓辺へと寄る。
離れた場所に見える銀髪のツインテールは、きっと間違いなくいつきだろう。
「葉桜様、おはようございまーす」
部屋の前にいつから控えていたのかわからないが、着物を用意している美津と梓に、私は頭をさげる。
「あ、あの、急いでいるのでっ」
「はい」
どうにか部屋を出ようとする私に素早く着付け、美津と梓は笑顔で送り出してくれた。
まるで、これから私がどこへいくのかわかっているみたいだけど、そんなことはないだろう。
急いでいたが、結局道がわからなかった私は、途中で見えた方向へと繋がる開けた窓から、外へと飛び降りた。
そのまま、足が汚れるのにも構わずに、いつきの声の聞こえる方へと向かう。
「なあ、小十郎様。
なして、葉桜はひとりで出てっちまったんだべ」
拗ねるようにいつきが問いかけている。
それを聞いたところで、あと少しだというのに、私は進めなくなった。
そうだ、今更会ってどうするというのか。
嫌われたことを確認したくないから、私はこっそりと出て行ったというのに。
「不思議な力のことなら、気にせんでええのに。
村の皆も葉桜には感謝してもしきれねえって思ってるだよ。
なのに、どうして何も言わずに小十郎様達といっちまっただ?」
優しいいつきなら、言ってくれるかもしれないと期待していた言葉に胸がつまる。
「さあな」
片倉はいつきには何も答えず、何か仕事をしているようだ。
しばらくして、手を止めた片倉が私のいる方を見る。
見えているはずはないけれど、気配が読まれたのかもしれない。
「本人に聞いて見ちゃどうだ」
そのまま片倉の近づいてくる気配に私は慌てて隠れる場所を探す。
でも、あいにくと適当なものがなにもないようだ。
もうダメだ、と思った私の前に片倉が現れる。
「お、オハヨウゴザイマス」
ぎこちない挨拶をする私を片倉はにこりともせずに見下ろす。
片倉から伸ばされた手を避け、私は後退り、首を振る。
「葉桜」
だが、宥めるように名前を呼ばれ、片倉のごつごつとした大きな手に捕まってしまった。
「アンタを心配して来たんだ。
少しぐらい会ってやれ」
ふるふると首を振る私に、片倉はため息をつく。
と、急に私の身体が地を離れた。
「な、片倉様!?」
荷物のように担がれ、そのままいつきの前に降ろされる。
私は顔を上げることができなくて、俯いたままで。
私の前にいつきの膝が見えたと思うと、私の目の前が暗くなり、肩と胸が苦しくなった。
いつきが私を抱きしめたからだと気づく。
「無事だっただな。
心配したべ、葉桜」
本気で心配するいつきの姿に戸惑う私は、どうすることも出来ずにされるがままで。
私を見つめるいつきの眼差しには嘘など欠片も見当たらない。
「いつきは、私が怖くないの?」
「なしてだ?
葉桜はおら達を助けてくれたでねが。
何を怖がることがあるだ」
それから、いつきは村の人達が私にどんなに感謝しているかをとうとうと語ってくれて。
「葉桜さえよければ、また村で一緒にくらすべ。
おらもみんなも歓迎するべよ」
とてもとても魅力的なその誘いに、思わず頷きそうになる。
だけど、急に私の肩を強く抑える手があって。
「生憎、葉桜はここに滞在することが決まってんだ、悪いな」
まったく悪びれる様子のない声を顧みる。
背後にいたのは伊達政宗で、いつきを真っ直ぐに見つめている。
いつきは私と伊達政宗を交互に見てから、心配そうに呟く。
「本当だべか、葉桜?」
少しためらい、視線を彷徨わせた私は、畑にいる片倉がこちらを見ていることに気がついた。
片倉を見ていると、なんだか居心地が悪くて、身じろぎして、伊達政宗の手から逃れる。
それから、ゆるくいつきに微笑む。
「うん、少しの間、ね。
このお城にお世話になることになったの。
いつきと住むのも楽しかったけど、私がいると村の冬の食料をわけてもらうことになっちゃうし、やっぱり悪いと思って」
いつきは寂しそうな顔をしていたが、少し考えて、ふるふると首を振った。
揺れる銀髪がうさぎの耳みたいだな、なんてどうでもいいことを考えてしまったのは、無意識に泣きたくなるのを堪えたからかもしれない。