あなたが笑っていられる世界のために
□6#片倉と握り飯
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伊達政宗らのいた部屋から戻る途中、私は盛大に迷子になった。
が、幸いに出会えた梓に案内してもらって、ようやく最初に案内された部屋に戻れた。
梓に手伝ってもらって着物を脱ぐと、直ぐ様別の藍染めの小袖を着せられる。
もっとゆったりとしたものを着ていたいのだが、梓の仕事としてそうもいかないのだろう。
大人しく、着せられた後に通された隣室には既に布団が敷かれてあり、私はその上に倒れこむように寝転んだ。
その布団は俯せになっていると、ふんわりとして、暖かなひだまりの匂いいっぱいの布団は泣きたくなるほど優しくて。
私はごろりと仰向けに寝直し、左腕を目の上に乗せて視界を遮った。
そうして思い出すのは先程、部屋を出る前に言った自分の言葉だ。
「化け物、か」
今までも私はいつきたちのような者に手を貸したことはあった。
でも、私の持つ力のことを知れば、必ず恐れられた。
癒す力と戦う力、それから人の負を取り除く力。
特に三つめの力が恐れられる要因であることは知っている。
だから、この力だけは滅多に人に見せることはない。
ないけれど、先の二つだけでも十分に特異なのだ。
人は異質なるものを恐れる生き物だから。
「葉桜」
「いない」
襖越しに気遣うようにかけられる片倉の声に、私は反射的に不在を返していた。
黙っていても良かったかもしれないが、片倉には気配で分かっているだろうことから、暗に構うなと言ったのだ。
だが、片倉は静かに部屋に入り、小さく息を吐いた。
「先程は政宗様が我侭を言って、迷惑をかけた」
すまないと謝るくらいなら、何故すぐに助けてくれなかったのだと言いかけたが、少し考えれば、それが容易でないことなどわかるだけに、私は押し黙る。
「腹が減っているだろう。
握り飯を持ってきた」
そういえば、食べさせられた玉子焼きは美味しかったなと思いだすと、とたんに腹の虫が騒ぎ出す。
半端に食べたから、空腹を思い出したのだろう。
「……いらない」
腕を少しずらして答えると、片倉は小さく笑っている。
その気遣う視線が、憐れむような視線が、私の心を締め付けた。
この目を私は知っている。
姉様達が私を見るときの、仕方ないなと甘やかしてくれる時の優しい目だ。
この人は何故一度剣を交わしただけで、こんなにも私を気にかけるのだろう。
「葉桜」
片倉がもう一度私の名前を呼び、布団の傍らに腰を下ろしたのがわかった。
これはもう食べるまで動かないつもりなのだと悟り、私はしぶしぶ腕を避けて、起き上がる。
それから睨みつけたが、まったく効果はなかったようだ。
「……噂じゃ、片倉様はもっと融通が効かない、伊達家大事の怖い人だったんだけど……」
差し出された握り飯はまだ暖かく、口に運ぶと丁度良い塩梅で美味しい。
中身は紫蘇梅で、ご飯が良く進んだ。
一つ目を食べ終わってから、二つ目に取り掛かり、これもまたあっという間に平らげる。
それから、片倉と残るひとつの握り飯を交互に見つめ、片倉がうなづくのを見て、これも平らげた。
こんなに腹いっぱい食べるのは久しぶりだ。
「そんなに腹が減っていたのなら」
「あの状況でどうして食べられるんですか」
片倉の言葉を遮りつつ、私は手についた米粒を口でなめとる。
それを見ていた片倉が手ぬぐいを差し出してきた。
行儀が悪いと言いたいのだろうか。
でも、この米はいつきたちが育てたものかもしれないし、一粒も無駄にするつもりはない。
全部を舐めとってから、有難く差し出された手ぬぐいで手を拭いて、口を拭う。
「ごちそうさまでした」
座りなおして、私が深く頭を下げると、片倉はいいと言って、私の頭を上げさせる。
困惑が片倉の瞳に映りこんでいる。
「片倉様は何故私にそれほど親切にしてくださるのですか?
剣を交わしたからこそ、私が本気で貴方達に手を貸さないことなど承知でしょう。
政宗様が礼をしたいからと招いてくださったから一応いますけど、私はそれほどここに長居する気もないし、貴方達に懐柔されるつもりもありません。
それなのに、何故ですか?」
私の問いかけに、片倉は暫時考え込んだあとで、話しだした。