あなたが笑っていられる世界のために

□2#武器は舞扇
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 一揆が始まってから、私がさせてもらえたのは後方支援ーーつまり、運び込まれる怪我人の対応だ。
 人を癒す力は持っているけれど、私はいつきたちにそのことを怖くて話せなかったから、ただひたすらに怪我を洗い流し、薬草を塗ることぐらいしかできなくて、それが歯がゆくもあった。

 いつきに私が話したのは、戦えるという一点だけだ。
 もし、もしも必要がなければ、私の力のことまでは言いたくなかった。
 いつきに恐怖の目で見られたくなかったから。

 最初のうちは一揆も順調だった。
 でも、伊達軍の主力が戻ってくると一気に押されてきて。
 何人も運ぶこまれる怪我人の中には重症の者も多くなってきて。

「このままじゃあ」

 負ける、と弱気なことを呟く彼らを前に、私にはもう我慢できなかった。
 このままじゃ、いつきまでダメになると思ったから。

「私、行ってくる」

 立ち上がり、救護用に使っている小屋を出ようとした私を、村人たちは止めようとしてくれた。

「ここにいるだ」
「でも、このままじゃ負けちゃうでしょ?」
「だからって、葉桜が出ることねぇべ」

 制止を振り切り、私は自分の唯一の持ち物である舞扇を手に、小屋を飛び出した。
 目の前をいつきが吹き飛ばされたのはその時だった。

「皆、出るな!」

 戸口から出てこようとする者を怒鳴りつけ、私は雪の上を滑るように走って、いつきと敵との間に割り込む。

「っ!葉桜!?」

 いつきが相手取っているのは強そうな侍二人で、確かに持ちこたえてはいるけど、もう勝負が時間の問題であるのは明白だった。

 それでも、いつきの目にあきらめの色は一切見えないから、私も手にした舞扇を構える。

「何してるだ、葉桜!
 アンタが戦うことねぇって言ったべよ」

 後ろで私を引きとめようとするいつきにではなく、目の前の侍二人に、私はにやりと笑いかける。

 一人は隻眼の青年で、格好と噂から察するに伊達政宗で間違いないだろう。
 それよりも、私は彼の隣にぴたりと陣取る顔に傷のある強面の男のが怖い。
 状況から鑑みるに、片倉小十郎だろうか。

「やっぱり、いつき一人でなんて戦わせられないよ」
「Hum、何者だァ?」

 一動作で舞扇を開いた私は、敵を見据えたままに深く息を吸い込み、吐き出す。

 攻撃してこないのをいいことに、私は小さく祝詞を唱えながら、一回転する。
 眼に見える範囲が限界だけれど、私には少しだけ癒しの力が扱える。
 他人を癒すのは初めてだし、昼の間の力はひどく弱いから難しいかもしれないけれど。
 今ここでできなければ、きっといつきは死んでしまう。
 そんなのは嫌だ。

「……葉桜……」

 呆気にとられたようないつきの声を聞き、私は自嘲の笑みを浮かべていた。
 私の力ーー癒しの舞で、おそらくいつきの怪我は少しでも回復したはずだ。
 そして、私の異常性も理解したいつきはもう二度と、私に笑いかけてくれないかもしれない。
 それでも、今はこれしかいつきたちを救う方法は見つからなかった。

「少しは癒えたかもしれないけど、無理はしないで。
 それから、黙っててごめん」

 いつきからの答えを聞くのが怖くて、私は視線を敵へと移した。

「これ以上、見てられなかった。
 いつきも皆も、私が死なせないっ!」

 言い終えると同時に私は地を蹴り、ふわりと宙を飛んだ。
 そのまま、目の前の侍ーー片倉小十郎に舞扇を振り下ろす。
 その一撃を素手で受け止めた片倉は一瞬眉を顰めたが、そのまま腕を振り払った。

「私は葉桜と申します。
 片倉様には悪いですが、私に付き合っていただきますよっ」

 どう見てもただの舞扇にしか見えないけれど、それを受けた片倉こそが威力を知っている。
 ただの舞扇が今は容易にへし折ることもできない強度の武器となっていることを。
 向かってくる片倉の一撃を舞扇で受け止めると、びりびりと私の腕もしびれた。
 それでも舞扇を手放さなかったのは、訓練と経験の賜物かもしれない。

 数度の斬撃を繰り出してから、一度片倉が攻撃を止める。
 たったそれだけなのに、私はすでに体力の限界で、体中で荒い息を繰り返していた。

「アンタ、この村のもんじゃねぇだろ」
「よく、わかり、ました、ね」

 何故攻撃してこないのかはわからないけれど、今のうちにと私は深呼吸を繰り返す。

「どこのものだ」
「いつきに、この村に拾われただけの旅の者です。
 少しだけ身を守る術を持っているだけの」

 片倉の表情は何故か変わらず、不思議と敵意も見えてこないことに、私は眉を潜めた。
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